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15連覇の猛者もいた!! 新春恒例〝福男レース〟の歴史を振り返る

「かいもーーん」の掛け声に合わせ、朱色の門が開く。待ち構えていたカメラマンのフラッシュが一斉に光る。「うおおおおおーーっ」という雄たけびとともに、男たちが猛然と走り出し、地響きが石畳に広がる。

えべっさんの総本社、西宮神社(兵庫県西宮市)で催される新春恒例「開門神事福男選び」のスタート風景です。
1月10日午前6時、夜明け前の薄暗い境内を駆け抜ける人たちは、おしなべてジャージーやスポーツウェア姿。一般的な参拝者のいでたちとは明らかに異なり、どこからどう見てもランナーです。神社側は、かたくなに「神事です」と主張しますが、〝福男レース〟と呼ばれるのも合点がいくというものです。

新型コロナウイルスの影響で、昨年に続いて中止となったこの行事。今回は、記者シャープが、過去のトラブルや由緒などを過去記事からひもときます。

       記者が挑戦した「福男選び」の動画はこちら

意外と浅かった!? 開門「神事」の歴史は平成期から

2020年1月10日に開催された開門神事。スタート時の混乱で転倒する「参拝者」の姿も。

 男たちは、なぜ走りだしたのか。門が開いたからだ。ではなぜ、門は開いたのか。閉じていたからだ―。新年恒例の「福男選び」で知られる西宮神社の開門神事は、そんな禅問答のようなやりとりに神髄があるという。

 商売の神様えべっさんの総本社として、例年100万人以上の人出でにぎわう西宮神社の十日えびす(9~11日)。拝殿への一番乗りを目指し、表大門の開門と同時に参加者が境内を全速力で駆ける10日早朝の神事は、年始の風物詩として全国的な知名度を誇る。
 だが、元々は神事ではなく、平成期に入って後付けで定着したそう。同神社の権宮司は「いち早く参拝すれば福を授かれるという心理が競走に発展し、恒例化したことで、神事として認められるようになった」とみる。
 一番乗り争いは昭和期に激しくなったようだが、その発祥をたどると、開門前に執り行われる「忌籠(いごもり)」に行き着く。こちらは、室町期から受け継がれる正真正銘の神事だ。
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 福男選び開始の6時間前、午前0時になると、同神社の全ての門が閉じられる。静寂に包まれた境内で、神職は身を清め、起きたまま時を過ごす。これが忌籠で、江戸期ごろまでは周辺の家々にも浸透していた。9日夜から10日未明にかけて、馬に乗ったえべっさんが地域を巡るという伝承に基づいている。
 1926(大正15)年刊行の「西宮町誌」によると、住民は、えべっさんに枝葉が刺さらないよう玄関前の門松の松などを逆さにして戸締まり。豆腐の田楽などを食べて静かに過ごし、夜明けを待ってお参りする習わしで、これが競走につながっていったという。
 閉門時の忌籠に取って代わり、定着した開門後の福男選び。今では、午前6時の開門前から好スタートを狙う走者で周辺はごった返す。地元以外からの参加が増えているとはいえ、風習の原点に立てば、不自然な光景と言えそうだ。
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 開門神事が抱える〝矛盾点〟は他にもあり、同神社にはさまざまな指摘が寄せられるという。
 えべっさんを足の悪い神様とする説があるが、その総本社で健脚を競うのはいかがなものか――との意見。「神聖な境内を走る行為がそもそもおかしい」という考え方もある。
 権宮司は「えべっさんは庶民の神様であり、庶民の思いに合わせて神事が形作られるのは自然なこと」とおおらかに構えるが、順位争いにこだわる風潮の高まりを気に掛ける。
 「一番乗りを競うのもいいが、もともとの忌籠が『逆さ門松』のように思いやりにあふれた行事だったことを忘れないでほしい

(2019年1月9日付夕刊より)


開門神事の歴史をさかのぼっていくと、最後の権宮司のコメント「思いやりにあふれた行事」が、ずいぶんと示唆的だなあと感じずにはいられないトラブルに行き着きます。
2004年に起こった、「そこまでやるか」と思わせるような事態を当時の記事から振り返ってみましょう。

勝負にこだわるあまり… 露骨な妨害行為に非難殺到

トラブルが起こった2004年の開門神事前夜。門の前は、多くの「参拝者」でごった返していた

 えべっさんの総本社「西宮神社」の参道を駆け抜ける恒例の「開門神事福男選び」。今年は大阪市消防局の男性消防士(22)が、同僚らの“妨害行為”に助けられて「一番福」を勝ち取ったと批判を浴び、認定証を返上する異例の事態となった。「レースではなく、あくまで神事」と困惑する神社側。その神事がマスコミで注目を集めるたびにレースの側面を強め、勝利にこだわる風潮が生まれたとも言える。

 福男選びは、本えびすの一月十日、午前六時の開門と同時に正門から本殿までの約二百メートルを走って参拝一番乗りを競う。同神社によると、一九四〇年ごろから、三番までに到着すると福男と認定される現在の形になったという。
 批判の声はテレビの視聴者らから上がった。スタート直後、消防士が先頭で飛び出したが、最前列で横一列に並んでいた同僚らが腕を組むなどして他の参加者をブロックしている姿が映し出されていた。
 放送後、大阪市消防局などに二百本以上の抗議電話が殺到。同僚らは所属先の消防署の事情聴取に対し、妨害行為を認め、消防署長が「多くの人から批判を浴びる行為をした」などと注意した。一連の騒ぎを受け、消防士は「精神的に疲れた」と二日後、認定証を返上した
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 「レースが過熱し、抱きつかれたりする妨害行為も珍しくなくなった。マナーは年々悪くなっている」。騒動後、取材した参加者の多くからこうした声を聞いた。
 今年の参加者は約二千人で十年前の約四倍。出勤前の会社員がネクタイ姿で参加したかつての風景は一転、数日前から場所取りで仕事を休む人も増えた。消防士らも四日前から毛布持参で泊まり込んでいた。今年はテレビ局が生中継したほか、タレントに参加させたテレビ局もあった
 消防士は昨年、ゴール直前に転倒して一番福を逃しており、神戸新聞のレース前の取材に対し、同僚らは「彼に勝ってほしい」と口をそろえていた。だが、組織的な妨害行為を考えていたとは正直、想像できなかった。
 今回、大きな騒動になった要因として、ある関係者は「インターネットが波紋を広げた」と指摘する。開門直後の光景を見た人たちがネットの掲示板で「抗議しよう」と呼び掛け、大阪市消防局などの連絡先も記していた。一部の掲示板では、現在も消防士を中傷する書き込みが続いている。
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 今後、神事としての福男選びはどうなっていくのか。
 妨害行為でイメージダウンしたものの、その人気は根強い。三年連続で徹夜したという八尾市の会社員(30)は「事前の場所取りや直前の押し合いなど、走りの速さだけで決まらないのも魅力」と話す。
 とはいえ、「不正を防止するためにも一定のルールは必要」という声は多い。しかし、神社側は「だれがルール違反かどうかを決めるのか。神事として理解を求めていくしかない」との考えだ。
 神事に詳しいある参加者は「事前応募制にするなどさまざまな意見が出ているが、競技会化しては神事の趣旨が変わってしまう。泊まり込み禁止の看板を立てるなど、個々のモラルに訴えかけるような対策しかできないのでは」と話している。

(2004年1月28日付朝刊より)


「事前の場所取りや直前の押し合いなど、走りの速さだけで決まらないのも魅力」
。記事後段に出てくる「参拝者」のこのコメント一つとっても、何らかのスポーツの受け止めのようで、神事のことを語っているとはとても思えません。実際、記事中には「レース」「競技会」などの文言が並んでおり、起こるべくして起こったトラブルだったのでしょう。

この一件によって波紋が広がり、翌年からはスタート位置の抽選制が導入されます。門の前にいち早く陣取っても、くじで当たらなければ先頭グループに入れないようになり、集団での妨害行為はほぼ不可能になりました。


戦前に君臨した絶対王者、田中太一さん

大正~昭和期の福男の記録。田中太一さんの名前がひたすら続く(西宮神社のウェブサイトから)


競技性にばかり注目が集まる開門神事ですが、その記録性もなかなかのものです。1921(大正10)年以降、1世紀にわたる歴代の福男の名前を西宮神社が記録しており、ウェブサイトで公開しているのです。
それによれば、田中太一さんという人物が15連覇を達成し、1年置いてさらに2連覇、その翌年も三番福という、とてつもない健脚ぶりを発揮していることが分かります。
今と違って競技性は薄く、のどかな雰囲気ではあったのでしょうが、それにしてもすごい。田中太一さんがどんな人だったのか、神戸新聞の過去記事では、残念ながら出てきませんでした……。
ちなみにこのサイト、福男の名前のほか、開門前に待機していた人数やルールの変更などが全て網羅されており、神事の趨勢が一目で分かるスグレモノです。興味がある方は、ぜひ一度、ご覧になってみてください。

最後に、新型コロナで中止となった昨年の開門神事の記事を紹介します。整然と並んで参道を進む写真に違和感を感じてしまうのは、〝レース〟が当たり前の光景として焼き付いているからでしょうか。

開門と同時に、本殿に向かって歩を進める参拝者ら

 商売繁盛を願う「十日えびす」が10日、本えびすを迎えた。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、兵庫県内では、西宮神社の恒例行事「福男選び」などが中止となり、いつもと違う形で開門神事が実施された。

 商売繁盛の神様「えべっさん」の総本社、西宮神社。早朝に参拝者が本殿への一番乗りを目指して境内を駆ける「福男選び」が中止となり、いつものにぎわいは見られなかった。代わりに、参拝者約500人が行列をつくり、前後の間隔を空けてゆっくり歩いて本殿を目指した
 夜明け前の午前5時40分、赤門前でおはらいが行われた。門の前にできた列に、開門神事を運営する「開門神事講社」のメンバーが走らないよう協力を呼び掛けた。

 午前6時。「開門」の掛け声とともに門が開くと、講社のメンバーが先導し、5列になってゆっくり行進。本殿に到着すると、「えべっさん、会いに来ました!」と宣言し、参拝者たちは深々と頭をさげた。
 父親と先頭付近に並んだ小学5年生の男児(11)=西宮市=は「今年は静かでお参りしやすかった。『コロナが早く収束しますように』とお願いした」と白い息を吐いた。

(2021年1月11日付朝刊より)


<シャープ>
2006年に入社し、西宮神社近くの阪神総局に配属された。新人記者の通過儀礼として翌07年の開門神事に参加したが、スタート直後にあえなく転倒。後続からの猛烈な圧に押し込まれて呼吸ができなくなり、かなりの恐怖心を抱いた。その体験をルポ原稿にまとめたのだが、あえなくボツになるという、まさに踏んだり蹴ったりの一日だった。


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