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新兵庫〝珍百景〟Ver.1

  取材をしていると「えっ!」と目を疑いたくなるような建物、場面、人に出会うことが絶えません。読者からの情報提供も結構ありますが、記者が街を歩いて見つける場合も数多くあります。
 記者歴約30年のド・ローカルが、まずは第1弾として「日本最古の斜行エレベーター」「神業の路線バス運転」「人情自販機」の3本を紹介します。
 タイトルにありますように、まさに新兵庫の〝珍百景〟です。一部、動画のURLを添付します。ご覧ください。

①絶景を楽しめる住民の足 日本最古の斜行エレベーター

https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kitamonthly/201909/0012661709.shtml

日本最古の斜行エレベーターの「下」の乗り場=北区花山東町

 神戸電鉄有馬線の車窓からのどかな風景を眺めていると、山の斜面をはうように並ぶ銀色パイプが見えた。「あれは何?」。もしかして、某テレビ局のナニコレ珍百景にエントリーできそうな素材では! 「次はー、花山駅ー」。車内アナウンスが流れる。気になったら調べるのが記者のさが。途中下車し、近づいてみると、その正体は-。何と「日本初の○○」だった。

 神鉄花山駅(神戸市北区花山台)で下車すると、多くの人が南東方向に歩き出す。志染川に架かる橋を渡り切ると、「花山東団地」と記された看板が。どうやら、山の上には都市再生機構(UR)が管理するマンション群があるようだ。
 銀色のパイプのたもとにたどり着く。先についた住民女性が、ホールの壁に設置されたボタンを押す。近づくと、左右にエレベーター2基を発見した。
 「花山東グリーンエレベーター(愛称スカイレーター)」。説明には「URが屋外に設置した第1号-」とある。女性と一緒に乗り込むと、上下ではなく、斜めに動き出した。「え? 横向き?」と驚いていると、女性が「山の上まで歩くのしんどいから、斜行エレベーターがついてるねん」と教えてくれた。
 ボタンは「上」「下」の二つのみ。天井下にはつり棒が設置されており、「満員電車のようになれば、棒をつかんでバランスを取るのかしら」と思いを巡らせた。
 約40秒で「上」に到着。ロープウエーさながらの絶景(?)を楽しんだ。ちなみに、階段を上ってみると、私の足で2分半程度。息は切れ切れになった。
 設置者のUR西日本支社に取材すると、団地自体は1970年代後半に開発されたが、エレベーターは84年に設置されたという。全長約62メートルで、高低差は約27メートル。担当者によると、「われわれが誇る日本で初めての斜行エレベーターです」。
 インターネット上では、「乗り鉄」ならぬ、「乗り斜行エレベーター」と呼ばれる愛好家たちが、「スカイレーターは、近い将来の登録文化財候補ではないだろうか」とブログで絶賛しているのも見つけた。
 山に沿う銀色の2本パイプは実は、住民の生活を支える縁の下の力持ちで、日本最古の斜行エレベーターだった。

(2019年9月2日付神戸新聞朝刊)
外の景色を望む窓も斜めになっている

 神戸阪神間には、斜行エレベーターが2基あります。1台は今回紹介した北区花山台。もう1基は西宮市の名塩ニュータウン(約243ヘクタール)にあります。高低差約60メートル。窓の外を白い壁と緑の木立が流れ、異国の登山列車に乗っているようです。建築家の遠藤剛生氏が設計に参画し、1994年「都市景観100選」大賞を受けました。
 

②神業の運転 狭い路地も直角カーブもなんのその 車幅ギリギリの難所多数

 

道幅が狭いため、中型のバスが使用されている1系統の路線=神戸市垂水区霞ケ丘6
1系統「一番の難所」である歌敷山中学校付近の曲がり角。民家の壁と車体との間はわずか数センチ=神戸市垂水区歌敷山2
「本当にバスが通れるの?」とハラハラする一方通行道路。ベビーカーを押す住民の姿も=神戸市垂水区歌敷山2

 通勤、通学の足としてバスが必須の神戸市垂水区。山陽バスなどによると、JR・山陽電鉄垂水駅の東西2カ所のターミナルから、学園都市(西区)などに向かう路線数は計21。市西部の駅からの発着路線数としては最多という。その中でも道幅が極端に狭いという1系統に早速、乗車した。

▼垂水の男性読者から投稿


 垂水駅前から出発する山陽バスは、ワンマンカーになるのが遅く、昔はツーマンカー(運転手と車掌が乗務)で運行されていました。その理由は道が狭かったからです。特に1系統のバス路線は強烈です。中でも霞ケ丘交番前から北上し、一方通行になる道路は、知らない人が見ると「本当にバスが通れるの?」と思います。直角に曲がる場所が3カ所もあり、運転技術のすごさに感心します。一度、1系統のバスに乗ってみれば、道の狭さが分かると思います。(垂水区 53歳会社員)

 1系統は、霞ケ丘交番(垂水区霞ケ丘1)や歌敷山中学校(同区歌敷山2)、霞ケ丘小学校(同区霞ケ丘4)などを経由して垂水駅に戻るルートになっている。近年では、道路整備が進み、区内の細い道路が減ったというが、1系統は通常の大型バス(全長約10メートル)では曲がりきれない箇所があるため、中型バス(同8メートル)が運行している。
      
 垂水駅を出発してすぐ、道路を左折した途端、道幅が狭くなった。読者の投稿通り、同交番前を北上するとさらに細い一方通行道路に入った。バスの窓と道路脇の民家の壁の間はわずか数十センチ。「ほんま、通れるん?」とハラハラしっぱなしだ。
 歌敷山中学校に近づくと、下校時刻だったため校門から出てくる生徒らがバスの横すれすれを歩いて行く。しかし、同乗していた男性(76)は「いつもの光景」と当たり前の様子。
 いよいよ最大の難所、同中学校前停留所近くの曲がり角へ。投稿にあった直角の曲がり角の一つだ。バスは絶妙なハンドルさばきで、電信柱ぎりぎりを左折する。車体と民家の壁の間はわずか数センチ。運転手は難なくハンドルを切る。その後、同駅へ。中央線のある道路に安心感を覚えた。
      
 「若手運転手の教習でも〝怖い〟と挙がるのが1系統です」。そう説明するのは同バスの男性運転手(47)。特に通行人が傘を差す雨の日は要注意といい、「少しでもタイミングがずれると民家の壁に当たってしまう」と話す。
 「オートマのバスも増えてきて、急勾配のルートも運転がしやすくなった。お客さんのためにも安全になったのはいいこと」と笑顔を見せた。

(2018年9月15日神戸新聞朝刊から)

 私もこの路線バスに何度も乗車しました。「手に汗握る」とはこのことでしょうか? 難所に近づくたびに、そして、人や車が目に入るたびに、手だけでなく、全身に力が入ったことを思い出します。

③人情自販機 働き続け40年超 香美町村岡区

武骨なデザインのうどん自販機=兵庫県香美町村岡区長板の「コインスナックふじ」

 一昔前まではどこにでもあったが、今は絶滅寸前のうどんの自動販売機が、静かな注目を集めている。兵庫県内で稼働しているのは残り2台とみられ、自販機の前では日夜、麺をすする音が響く。

 290円を入れてボタンを押し、待つこと25秒。チーン。熱々のきつねうどんの出来上がりだ。「絶妙な値段と、それ相応の味が素晴らしい」。ツーリングついでに月1回は利用する養父市の男性会社員は、箸を動かしながら賛辞を惜しまない。
 香美町村岡区長板の国道9号沿いにある「コインスナックふじ」。オーナーの藤村学さんは「コンビニが増えてきて、もうけは全然ない」と苦笑するが、武骨なたたずまいのうどん自販機は、40年前から休まず動き続けている。
 製造元の富士電機(東京)によると、生産していたのは1975~95年で、82~95年の製造台数は約千台。それ以前は記録がなく、携わった社員も全員退職したという。中の食材は設置店がそれぞれ仕入れたものを補充するため、「現在の稼働台数は不明」と同社。
 インターネットで「懐かし自販機」というサイトを運営するマルチクリエーター魚谷祐介さんによると、兵庫県内ではコインスナックふじのほか、神戸市東灘区深江浜町の商店「石田鶏卵」で稼働しているのみ。ちなみに同店は天ぷらうどん、そばを各230円で販売する。
 富士電機のうどん自販機はテレビ番組などでも取り上げられ、昭和を感じさせる雰囲気に引かれて、週末などには遠方から訪れる人も少なくない。
 全国各地のレトロな自販機を訪れている魚谷さんは「自販機が積み重ねてきた歳月や懐かしさも一緒に味わえるのが魅力。特に『コインスナックふじ』は古い店構え自体が奇跡のような存在だ」と力説する。
 魚谷さんによると、現在は全国で約70台が稼働中。機械が古く、大半のオーナーが高齢化しているため、「なくなるのは時間の問題」とみられる。魚谷さんは「食べるなら今が最後のチャンスかもしれない」と話す。

(2016年11月25日神戸新聞朝刊)

 神戸新聞の紙面で紹介した4年後、この自販機が故障してしまいます。冷蔵装置の故障で、稼働停止に陥りました。この苦境を救ったのが、全国のファンでした。クラウドファンディングで資金が集まり、見事、復活を遂げました。それを伝える記事は以下の通りです。

レトロなうどん自販機復活 冷蔵装置故障で稼働停止 全国からの支援金基に修理

コインスナックふじの外観

 兵庫県内でも希少な存在で知られる香美町のうどん自動販売機が今秋、冷蔵装置の故障で稼働停止に陥ったが、全国から寄せられた修理費を基にこのほど復活した。レトロな外観と40年以上休まず提供し続けた味で人気だが、メーカーは生産を停止し、寿命は老朽化との闘い。復活後は訪れる人が増えており、オーナー藤村学さんは「急な客の増加に供給が追い付かない」とうれしい悲鳴を上げている。
 うどん自販機は、大手電気機器メーカー「富士電機」(東京)が1975~95年に約3千台製造。同町村岡区長板で食料品店「藤村商店」を経営する藤村さんの父親が76年、近くの国道9号沿いに「コインスナックふじ」をオープンした際に設置した。ほかにジュースやたばこ、パンなどの自販機が屋内外に12台並び、住民やドライバーらに親しまれている。
 うどん自販機は、300円を入れると、関西風だしのきつねうどんが30秒も待たずに出来上がる。生産を停止したメーカーは部品供給や故障対応を行わず、現在の稼働台数は不明だが、同店へは近隣府県だけでなく北海道などからもファンが訪れていた。
 2020年5月以降、麺を冷やす内蔵装置が不調となり、9月中旬から稼働を停止。修理費用(65万円)の工面に悩んだ藤村さんは、おいの勇太さん(32)とクラウドファンディングで資金を募ると、2週間もたたずに約75万円が集まった。全国から「ぜひ直して」などと多くの声が寄せられたという。
 装置を交換し、10月20日に販売を再開した。藤村さんは毎朝、約20杯分の麺をセットするが、復活後の売り上げは1日平均約30~40杯と増加。天候が良く、写真を撮りに訪れるファンやバイク客などが多い時は50杯に上る日もあったという。
 地元の常連客は「コンビニで売っているインスタントのうどんとは味が違う。何とも言えんが、心温まる。この場所が落ち着くし、自販機がなくなったら寂しい」としみじみ語る。
 日中は麺の補充に忙しい藤村さんは「やめることも考えたが、うれしい。お客が来すぎて、また自販機がつぶれちゃうと困るけど」と顔をほころばせている。

(2020年12月4日付神戸新聞朝刊)

 作家の中島らもさんが、「ポケットが一杯だった頃」で、立ち食いそば・うどんのうまい条件を、吹きっさらしの中であること。汁が熱いこと。値が安いこと、と書いていました。兵庫県香美町にあるこのうどん自販機は、この条件を満たしているからこそ、多くの人々に長年愛されてきたのでしょうか?

<ド・ローカル>
1993年入社。新兵庫〝珍百景〟の第1弾いかがだったでしょうか。私の中でビッグ3が今回のネタです。甲乙つけがたいものですが、最後のうどん自販機はなんとも言えません。40年超稼働してきて故障で停止。修理費65万円の工面に悩んだ末、クラウドファンディングで資金を募ると「ぜひ直して」と2週間足らずで全国各地から75万円が寄せられました。再開した自販機うどんは〝人情〟の味付けもきかせて、さぞかしうまいに違いありません。

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