神戸の街で見つけた「あっ!」と驚く「ぎりぎりの○○」3選
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神戸の街で見つけた「あっ!」と驚く「ぎりぎりの○○」3選

   こんにちは、ド・ロカールです。初めての投稿です。よろしくお願いします。
   さて、全国の地方紙をチェックしてみると、「北海道新聞」「岩手日報」「埼玉新聞」「愛媛新聞」「熊本日日新聞」…など、都道府県名を社名にする新聞社が数多くあります。しかし、わが社は「兵庫」ではなく、都市名の「神戸」を社名にしています。他府県に住んでおられる人から見ると、兵庫よりも、神戸の知名度の方が圧倒的に高いのではないでしょうか。学生時代、東京で暮らしていましたが、「神戸って兵庫県にあるの?」とよく言われたものです。
    海と山に囲まれた港都・神戸は、明治期の開港をきっかけに、映画やジャズ、ファッションなど西洋文化をいち早く取り入れ、モダンでハイカラな街として発展してきました。
 その神戸市内全9区をひと月ずつ訪ね歩く企画「マンスリー特集」を神戸新聞神戸版で、約2年半にわたって掲載しました。その中から「あっ!」と驚く「ぎりぎりの○○」を3本紹介します。


①道幅狭く運転手も〝怖い〟バス路線   
直角に曲がる難所が3カ所も 


垂水バス①

  通勤、通学の足としてバスが必須の神戸市垂水区。山陽バスなどによると、JR・山陽電鉄垂水駅の東西2カ所のターミナルから、学園都市(同市西区)などに向かう路線数は計21。市西部の駅からの発着路線数としては最多という。その中でも道幅が極端に狭いという1系統に早速、乗車した。
 1系統は、霞ケ丘交番(垂水区霞ケ丘1)や歌敷山中学校(同区歌敷山2)、霞ケ丘小学校(同区霞ケ丘4)などを経由して垂水駅に戻るルートになっている。近年では、道路整備が進み、区内の細い道路が減ったというが、1系統は通常の大型バス(全長約10メートル)では曲がりきれない箇所があるため、中型バス(同8メートル)が運行している。

垂水バス②

 垂水駅を出発してすぐ、道路を左折した途端、道幅が狭くなった。読者の投稿通り、同交番前を北上するとさらに細い一方通行道路に入った。バスの窓と道路脇の民家の壁の間はわずか数十センチ。「ほんま、通れるん?」とハラハラしっぱなしだ。 歌敷山中学校に近づくと、下校時刻だったため校門から出てくる生徒らがバスの横すれすれを歩いて行く。しかし、同乗していた男性=当時(76)=は「いつもの光景」と当たり前の様子。
 いよいよ最大の難所、同中学校前停留所近くの曲がり角へ。投稿にあった直角の曲がり角の一つだ。バスは絶妙なハンドルさばきで、電信柱ぎりぎりを左折する。車体と民家の壁の間はわずか数センチ。運転手は難なくハンドルを切る。その後、同駅へ。中央線のある道路に安心感を覚えた。

垂水バス③

「若手運転手の教習でも“怖い”と挙がるのが1系統です」。そう説明するのは同バスの運転手(47)。特に通行人が傘を差す雨の日は要注意といい、「少しでもタイミングがずれると民家の壁に当たってしまう」と話す。
 「オートマのバスも増えてきて、急勾配のルートも運転がしやすくなった。お客さんのためにも安全になったのはいいこと」と笑顔を見せた。
【読者投稿】
 垂水駅前から出発する山陽バスは、ワンマンカーになるのが遅く、昔はツーマンカー(運転手と車掌が乗務)で運行されていました。その理由は道が狭かったからです。特に1系統のバス路線は強烈です。中でも霞ケ丘交番前から北上し、一方通行になる道路は、知らない人が見ると「本当にバスが通れるの?」と思います。直角に曲がる場所が3カ所もあり、運転技術のすごさに感心します。一度、1系統のバスに乗ってみれば、道の狭さが分かると思います。(垂水区 会社員)   (2018年9月15日付朝刊より)

 私も実際、このバスに乗車してみましたが、上記の読者投稿と同じく「マジでこの道をバスが通るの?」と驚きました。バスの側面が民家の塀に擦りそうになる場面が何度もあり、乗車中ずっと緊張していました(笑)。まさに「ぎりぎりのテクニック」

②長田・丸山地区、急斜面に民家がびっしり

長田バス①

 
 すり鉢状の急斜面に民家がびっしりと並ぶ。段々畑ならぬ〝段々住宅〟。7層にも8層にもなっている箇所も少なくない。神戸市長田区北部の丸山地区。急な階段と坂が多く、丘に上がったと思ったらまた下り坂-。これを繰り返す独特な地形だ。今のまち並みからは想像しにくいが、昭和初期、遊園地や料理旅館があり、「神戸の奥座敷」と呼ばれていたという。

長田丸山③

 
  住民自治協議会の冨沢孝会長(当時)は、この丸山の地名の由来を「東丸山町にある山が、丸くこんもりとしていることから、地元の人たちがこの地域を『丸山』と呼ぶようになった。丸山町や雲雀ケ丘、鹿松町など北部地域の15町を丸山地区と言っており、2015年の国勢調査では人口1万457人と、20年前から5375人(34%)も減少した」と語る。

長田丸山➃

 
 丸山地区最大の〝絶景〟ポイントの一つ。何と! 2階建ての屋根と道路が同じ位置に。急斜面に沿って7層、8層にも民家が並ぶ丸山の地形ならではだが、「屋根の上を歩けそう」。                              (2018年10月15日付朝刊より)

 急斜面に「ぎりぎりの角度」で民家が何層にも重なり合うように建つ丸山地区。今では考えられない建築スタイルにあっけに取られました。その一方で、道幅が狭く、急な坂や階段が多い地形に高齢者の暮らしにくさを感じずにはいられませんでした。

③異世界の入り口か 1泊1100円の宿泊所 扉の結束バンド切って入室すると…

新開地➃


 「東の浅草・西の新開地」。戦前、戦後、神戸随一の繁華街として栄えた新開地(神戸市兵庫区)。仕事を求める労働者が全国から押し寄せ、まちには数多くの簡易宿泊所(通称・ドヤ)が並んだ。にぎわいは三宮へと移り、バブル崩壊、阪神・淡路大震災、リーマンショックなど、平成に入り幾度となく襲いかかる苦難の中で、まちは〝縮み〟、労働者は姿を消した。新開地に唯一残る簡易宿泊所「三和ホテル」を訪ねた。
■アンコの足音で目が覚めた
 ホテルに向かう前、にぎわいを見せていた頃の様子を地元の人に聞いてみた。
 「50年ほど前には〝アンコ〟が2、3千人おって、足音で目が覚めた」。祖父の代から新開地で理容院を営む高四代さんが語る。高さんいわく、地元では、日雇い労働者のことをアンコと呼んだ。かつては新開地南部に、手配師が日雇い労働者を集める「寄せ場」が数多くあり、100台を超すマイクロバスが市内外の工事現場に労働者を送り届けていた。「労働者がいたおかげで、飲食店や娯楽施設ももうかった」。

新開地③

■「一番安い部屋で」と言うと…
 午前零時すぎ。三和ホテルへ。武骨なコンクリートの外壁が、街灯の明かりに浮かび上がり、さながら異世界への入り口のように見える。急な階段を上ると2階に受け付けがあった。
 小窓の向こうでは従業員らしき壮年の男性が、いびきをたてて眠っている。ベルを鳴らして、宿泊の目的を告げる。「部屋は?」と尋ね返された。小窓の上には料金表があった。1泊1100円~2100円までの4種類。1550円以上の部屋はテレビ付きだ。

 「一番安い部屋で」。そう言って料金を払うと、部屋の鍵ではなく、はさみを手渡された。「これは…」。思わず聞くと、「これで部屋に入るんや」。理解できないまま告げられた部屋に向かう。裸の蛍光灯が怪しく照らす廊下は、迷路のように入り組み、無数に並ぶ扉にはそれぞれ部屋番号が記されている。
 ようやく目的の部屋にたどり着いた。扉は外側に取り付けられた結束バンドで固定されていた。「なるほど。このはさみを使うのか」。バンドを切ると、薄い木の扉が「ギギッ」と音を立て開いた。
 1畳ほどの部屋には既に布団が敷かれていた。窓もないのに、どこからか冷気が入ってくる。毛布にくるまり、チクチクした感触を素肌に感じながら目を閉じた。別部屋から聞こえるテレビ音が眠気を誘う。早朝、誰かが廊下を歩く音で目を覚ました。これから働きに出るのだろうか-。

新開地②

■全盛期、50カ所のドヤがあった
 後日、三和ホテルの経営者栗山清志さんに会った。開口一番「今は若い労働者なんておらんで」と言われた。1959年に創業。それ以前は栗山さんの祖父が、同じ土地でお好み焼き店と帽子店を営んでいたが、増えつつあった日雇い労働者に目をつけ、簡易宿泊所にしたという。
 70年代、新開地かいわいには50カ所ほどのドヤが並んだ。三和ホテルの部屋数は138で、このまちで3番目の規模だったという。「常に労働者で満室だった」と振り返る。
 順調だった経営に陰りが見え始めたのは2000年代に入ったころ。不況で日雇い仕事の募集がなくなり、労働者も消えていった。さらに08年のリーマンショックが追い打ちをかけた。
 ホテルの宿泊者は1日平均約12人。10人は常時滞在している高齢者という。「息子が宿泊代を持ってくることもある。身内のいざこざで同居できなくなったのかね」と経営者。
 従業員は栗山さん含めて2人。最盛期には8人ほどいたが、不況に伴い数を減らした。
 「しんどいだけでもうからない。辞めたいけど…。今も泊まっているお年寄りもいるしなあ」
 そう言って掃除に向かう栗山さんの背中に哀愁が漂っていた。
                  (2020年2月4日付朝刊から)
 

 この取材には私も加わっていました。全盛期の1970年代、50カ所ものドヤがあった「労働者の街・新開地」の片鱗を今はほとんど感じることはできなかったのが残念でした。取材を進める中で、記憶をたどる栗山さんの言葉が今も脳裏に焼き付いています。
 「この街に集まるアンコたちは、みんないろんなことを背負っとった。ぎりぎりの人生をしのいどったんかなあ」



 約2年半、神戸新聞神戸版で展開した「マンスリー特集」の掲載記事約700本は「M's KOBE」のサイトで読むことができます。
 タイトルのM's KOBEは、神戸らしさを象徴する「海(Marine)」「山(Mountain)」「音楽(Music)」「神戸牛(Meat)」「出会い(Meet)」、そして「マンスリー(Monthly)」の頭文字「M」をあしらったものです。

<ド・ローカル>
 1993年入社。天空の城「竹田城」で脚光を浴びた但馬・朝来市出身。記者生活28年目。神戸新聞が発行した「おもろい新聞」のリーダー」を務め、「記者に大器晩成はない」「倒れるなら前に倒れろ」など数々の語録を残している。


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兵庫県の地方紙「神戸新聞」です。過去記事の中から、記者らがテーマごとに独自の視点で選び、背景や取材の裏話などとともに紹介します。ゆかりの有名人の逸話や、ほっこりする地域の話題など兵庫の魅力を、毎週水曜正午と土曜午後6時に投稿します。「おもろい」と思われた方、ぜひフォローください