甲子園のある街 球場誕生97年
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甲子園のある街 球場誕生97年

神戸新聞公式「うっとこ兵庫」

 東京で学生生活を送っていた頃、周囲には、阪神甲子園球場が大阪にあると勘違いしていた友人が数多くいました。「阪神タイガース=大阪」。こんなイメージが強かったからでしょうか? noteをご覧の方に改めて申し上げます。甲子園球場のある街は、兵庫県西宮市です。阪神タイガースのフランチャイズであり、高校球児の数々の熱戦ドラマが刻まれてきた聖地です。


 こんちにはド・ローカルです。甲子園球場が現在の場所に開場したのは1924(大正13)年8月1日。今年で97年を迎えました。神戸新聞、デイリースポーツを発行する弊社にとって、年間を通じて、阪神のペナントレースや春・夏の全国高校野球大会の取材など、〝第2の仕事場〟と言っても過言ではありません。
 今回は、甲子園球場で繰り広げられた名場面や熱戦ではなく、歴史と伝統を誇る、この球場とともに歩む、この街にフォーカスした記事3本をお届けします。

①聖地の玄関 日常と非日常 行き交う駅

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 試合開始前30分。西日が差し込むプラットホームに臨時電車が滑り込む。車内にはメガホンを手にしたタイガースファン。扉が開くと、熱気とともに人波があふれ出る。
 甲子園球場とファンを結ぶ阪神甲子園駅(西宮市)。開業は球場と同じ1924(大正13)年8月1日。当初は野球大会の開催時に停車する臨時駅として設置され、球場とともに97年の歴史を刻んできた。
 野球に関する著書が多いノンフィクション作家、後藤正治さんが評する。「普段はどうってことのない普通の駅。それが野球の試合がある日は、劇場のような空気に包まれる」

阪神甲子園駅②


 駅前の売店は目まぐるしい。朝は出勤途中のサラリーマンが経済紙を手に取り、夕方になれば縦じま姿の虎党がジェット風船を求める。「客層も商品もバラバラ。こんな売店、珍しいんとちゃう?」。店員の女性が笑う。
 平時の乗降客は1日約5万人。プロ野球開催日は10万人を超える。日常と非日常が行き交う駅はリニューアルし、手狭だったホームや改札口が拡張された。駅舎の外観はれんが調に衣替えし、球場との統一感を強めた。
 ホーム上の大屋根の地上からの高さは20メートルで、縦横45メートルに及ぶドーム型。線路をまたぐアーチ状の鉄骨は真っ白なガラス繊維で覆われ、「白球」をイメージする。
      
 球場と駅が誕生する前、武庫川の2本の支流に挟まれた周辺の土地は人家もないうっそうとした茂みだった。97年の歳月が流れ、当時の名残が薄れる中、駅西側に高さ15メートルのクスノキが枝を広げる。
 樹齢は100年以上に及び、駅が建設される以前から植わっていた。クスノキは、新しい改札口の拡張部分に自生していたが、阪神電鉄は伐採せず、モニュメントとして新駅舎の中に取り入れた。
 「特に由緒があるわけではない。ただ、甲子園の歴史を見守ってきた木ですから」と甲子園駅の工事担当者。
 白の大屋根と緑の大木。新たなシンボルが聖地の玄関口を彩る。

(2014年7月29日付朝刊)

②近くて遠い  地元校率い 31年分の涙と絆

甲子園から自転車で5分の公立校

 甲子園球場の南東約1キロ。野球部のグラウンドから外野スタンドの照明塔が見える。
 「甲子園を見ながらノックを受けられる。恵まれた環境です」。西宮東高校野球部の元監督・武田勝さんは、そう言って目を細める。
 甲子園が夏の兵庫大会の会場として使われていたころ、同校の選手は学校から自転車で球場に向かった。強豪校との接戦に、学校で補習を受けていた生徒たちが試合中のスタンドに応援に駆けつけたこともあった。
 「全国大会に出場し、自転車に乗って甲子園に行くのが夢やったんやけどなぁ」。31年間、母校・西宮東高校野球部を率いたが、夏の大会の最高戦績は県ベスト16。聖地は近くて遠かった。
 体に悪性腫瘍が見つかった。10万人に2人の発症率といわれる消化管間質腫瘍(GIST)。再発を繰り返し、「5年後の生存率は15%」とされたが、ノックバットは置かなかった。
 抗がん剤を服用しながら甲子園を目指す姿に、同じ病気に苦しむ全国の患者からメッセージが届いた。「野球を続けている武田監督は私たちの希望です」
 大病を患い、周囲の支えが身に染みた。人は一人では生きていけない。いつしか、目の前の教え子たちにも説くようになった。
 7年前の2014年、最後の夏の大会の1回戦に臨んだ。甲子園への最後の挑戦。試合は終盤まで1点を争う白熱の展開だったが、九回に決勝点を奪われた。3年生のエラーがきっかけだった。
 「負け惜しみに聞こえるかもしれんけど、最後にええ試合ができたと思ってるんよ」
 痛恨のミスをして失意に暮れる選手。その肩を抱き、励ますチームメート。「お前ら、仲間になったな」。試合後、武田さんの目に涙が浮かんだ。
 「甲子園には出られなかったけど、野球が好きな仲間が集まる、そんな場所はつくれたかな」

(2014年7月30日付朝刊より)

③球児の神 聖地の「魔物」鎮める杜

甲子園近くの神社

 1924(大正13)年に甲子園球場が建設される以前、付近には武庫川支流の枝川、その分流の申(さる)川が流れていた。2本の川がつくる三角州は暴風雨のたびに水害に見舞われたという。
 球場に隣接する甲子園素盞嗚(すさのお)神社は300年以上前、氾濫を繰り返していた川の治水を願い、海原を治める神「素盞嗚(すさのおの)命(みこと)」を祭ったのが由緒とされる。神社はちょうど三角州の要の位置にある。本殿に掲げられている明治期の写真には、荒涼とした田畑の真ん中にぽつんと鳥居が立つ。
 水害対策のため、川を閉鎖。生み出された広大な敷地を阪神電鉄が買い取り、甲子園球場をつくった。神社の畑中秀敏宮司は強調する。「甲子園の裏にある神社と呼ばれているが、歴史的には神社の裏に球場ができたんです」
    
 時は流れ、夏の甲子園大会が近づくと、高校球児が神社を参拝するようになった。地方大会を前に球場を望む境内で手を合わせ、甲子園出場を祈願する。
 集落の治水を願う神社が、野球との距離を縮めたのは二十数年前のことだ。
 ある年、制服姿の女子高校生が神社を訪れた。関東の高校野球部のマネジャーだった女子生徒は、部員全員分のお守りを受けるため、夜行バスに乗り、1人で関西まで出向いて来た。
 神社が授けたお守りは他の神社と変わらない一般的な柄。それでも、女子マネジャーは「ありがとうございます」と頭を下げ、大切にお守りを持ち帰った。そのけなげな行動に畑中宮司は心を打たれた。「野球にちなんだお守りを用意してあげないといけない」
 以来、神社はボール形のお守りやベース形の絵馬を並べ、絵馬舎前にホームベース形の敷石と「野球塚」を置いた。今では毎年8月に「野球祭り」を開き、子どもたちが上達を願い、バットの素振りを奉納する。
 「人々の思い、信仰が集まり、自然発生的に神社はつくられていく」と畑中宮司。荒れる川から人々を守ってきた杜(もり)は今、勝利を願う球児のため、甲子園球場にすむ「魔物」を鎮めている。

(2014年8月2日付朝刊より)

 いかがでしたでしょうか? 甲子園球場の内側だけでなく、外側にも「クスッ」としたり、「ほっこり」したりするドラマがありますよね。これからも〝場外ドラマ〟を見つけて、投稿していきたいと思います。 

        ◇            ◇

 ところで、冒頭の文章で書きました「大阪か兵庫か論議」。兵庫県民としては、兵庫のものを大阪と勘違いされるのは、気分の良いものではありまん。しかし、そんな固いことは言わず、アンチ東京を軸に、大阪も兵庫も一つにつながりましょう! こんなことを言わんとしたような神戸新聞1面のコラム「正平調」を見つけましたので、引用してみます      

 「宝塚も西宮も神戸の一部も、元は大阪と同じ摂津の国です。だから宝塚の大劇場も西宮の甲子園球場も、まあ大阪でいいでしょ」◆ベストセラーになった「大阪学」の著者、大谷晃一さんに言われた。異を唱えると「うちは伊丹ですが、大阪府伊丹市と書かれた郵便物が届きますよ」と返ってきた。「郵便番号が正しければ届きますよ」「そっか」。漫談のようなやりとりである◆「おたくは神戸新聞やから、兵庫県にこだわるのも分かるけどね」。笑う顔に、そう固いことを言いなさんなと書いてあった。ニュースで大谷さんの訃報に触れ、あの笑顔を思い浮かべた◆大阪学シリーズは「続大阪学」、さらに「世相編」「文学編」「阪神タイガース編」と続く。いろんな素材をうまく使いながら、太い背骨となっているのは、アンチ東京、そして一極集中反対である◆マクドナルドの店を東京の若者は「マック」、大阪では「マクド」と呼ぶ。ださいとあざけることなかれ。大谷さんによると、パリは「マクドー」だ。大阪はパリに通じる。ちなみに神戸も姫路もマクド派だ◆著書に、蕪村の言葉と自身の老いへの覚悟をつづる。「百歩尚(なお)百歩」。百歩行っても先がある、最後まで走るぞ。訃報を伝える記事に「90歳、老衰」とあった。老衰の2文字が「完走」と読めた。

(2014年5月27日付朝刊より)

<ド・ローカル>1993年入社。甲子園球場の思い出は、1992年8月16日にあった夏の甲子園名勝負「星陵VS明徳戦」。元巨人、元ヤンキースで活躍した松井秀喜さんが5打席連続敬遠をされた試合を3塁側の観客席でリアルで見たことです。球場内大ブーイングでしたが、松井さんの偉大さを象徴するプレイに球場内は神々しい空気に包まれました。

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