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870回超の名物連載、理科教諭が身近な出来事やさしく解説

 こんにちは、MZや~んです。神戸新聞の子ども新聞「週刊まなびー」と、毎週日曜の神戸新聞で掲載している教育のページの編集を担当しています。ある日、「うっとこ兵庫」担当の某デスクが近寄ってきて言いました。
 「おう、ちょっとあのコーナーの記事書いたってくれや」
 あのコーナーとは、教育面で掲載している「理科の散歩道」のこと。旬のニュースや身近な話題を、科学的にやさしくひもときます。

理科の堅いイメージを柔らかに

 原稿を執筆するのは兵庫県内の小中学校、高校の先生たち。コーナーの生みの親である栗岡誠司・神戸常盤大学保健科学部教授が監修を務めます。原稿にはテーマに沿って高校生らが描いたイラストが添えられ、「理科」という言葉のお堅いイメージを柔らげています。

 私は2003~05年に記者として教育を担当していました。「散歩道」は既に始まっていて、連載は100回を過ぎたあたりでした。
 しばらく他部署を転々とし、今年3月の異動で16年ぶりに教育担当に戻り、そこで「散歩道」と再会しました。連載は6月13日時点で871回、原稿を執筆する先生方も、今や100人を超えているとか。いつの間にやら神戸新聞屈指の長寿コーナーに育っていました。

 某デスクから播州弁ばりばりで下された指令、これはいい機会かもしれません。数ある「散歩道」の中から3本を取り上げ、その面白さをご紹介したいと思います。

(1)体、張ってます


 2000年12月、神戸新聞教育面のトップに「理科の散歩道」第1回が掲載されました。テーマは「気圧」、筆者は栗岡さん。この時は県立加古川北高校の教諭でした。初回から、体を張っています。

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 〈理科の散歩道〉(1)/気圧/富士山でびっくり 菓子袋が次々破裂

 初回は、天気予報などでよく聞く「気圧」を取り上げてみましょう。高い山に登ると、気圧が低くなるといいますね。実際にどうなるのか確かめてみようと、この夏、小学生の子どもたちと富士山に登りました。
 子どもたちは、袋に入ったスナック菓子を持ってきていましたが、登るにつれてだんだんと袋が膨らんでいきました。ぱんぱんに膨れ上がった袋は途中で次々と破裂していきます。10個ほど持っていった中で、無事に頂上までたどり着いたのは一つだけでした。
 普通、私たちが住んでいる市街地の気圧は1気圧といいますが、天気予報などでは〔hPa〕(ヘクトパスカル)という単位を使います。1013〔hPa〕が1気圧です。富士山の山頂では、645〔hPa〕でした。空気は市街地の0・64倍の薄さになってしまうのです。山頂など高いところでは、空気のものを押さえる力(圧力)が弱くなるので、スナックの袋が膨らんでいったのですね。 また、山の上でご飯を炊くとおいしくない、という話をよく聞きますが、これも気圧が関係しています。
 水は普通100℃で沸騰しますが、富士山の麓から水が沸騰する温度(沸点)を測っていくと、標高1000メートルで97℃、2000メートルで94℃、3000メートルで92℃、そして3776メートルの山頂では88℃で沸騰し始め、それ以上は温度が上がりませんでした。普通よりも12℃も低いのですから、お米が十分に炊けず、芯が残ってしまうわけです。
 気圧が低いと液体が気体になりやすくなり、沸騰が低い温度でおこるのです。だいたい300メートル登るごとに沸点は1℃ずつ下がります。圧力釜はこの原理を裏返して応用した調理器具です。玄米を炊くとき、100℃では少し温度が足りません。圧力釜の中では圧力が高くなり、沸点も105℃ぐらいまで上がります。このため、玄米もおいしく炊けるのです。
 特別な例では、原子力発電所の加圧水型原子炉の一次冷却水は、150気圧以上の圧力をかけているため、320℃でも沸騰せずに液体状態のままです。
 いかがですか。山の上で膨らむポテトチップの袋にも、ちゃんと理由がありました。日常生活の中にある身近な不思議。「なぜかな」と思って、のぞいてみませんか。理科教師の集まりである「化学教育兵庫サークル」のメンバーが案内役を務めます。さあ、一緒に歩きましょう。理科の散歩道を。(兵庫県立加古川北高校教諭・栗岡誠司)
(2000年12月17日朝刊より)

 「高い山に登ると気圧が下がる」。そのことを示すために、栗岡さんは富士山に登ったんですね。そしてスナック菓子の袋が次々と破裂していったことを記します。
 私を含め、そんな経験がない読者の多くは、記事を読んで驚いたことでしょう。そうして読者を引きつけ、この現象を科学的に説明します。
 「理科の散歩道」はこのように、読者にとって身近な話題から入り、読み終わると科学的な知識が頭に入っているように、毎回うまく構成されています。

(2)疑問が氷解


 読んでいて「そうやったんか!」と日頃の疑問が氷解したことは多々あります。その一つをご紹介しましょう。

 〈理科の散歩道〉(684)加速度計/姿勢の変化を数値化する

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 スマートフォンの縦・横の向きを変えると、画面の向きも自動的に変わりますね。また、ゲーム機のコントローラーを動かすだけで、画面も連動して動いたり、振るだけで画面を操作できたりします。なぜでしょう?
 乗り物に乗っていて、体に力を受けていると感じることがあります。止まっている状態から急激に動き始めたとき、逆に急ブレーキをかけたとき、急に向きが変わったときなど、大きさや向きが変わることを「速度が変化」すると言います。
 速度の変化が急激だと、受ける力も大きくなります。速度の変化の激しさを表す量を加速度と言い、加速度運動している乗り物に乗っている人には「慣性力」という力が働きます。
 新幹線は時速300キロほどになりますが、急な加速や減速を避け、カーブでもレールを傾けることによって、慣性力の影響を抑えて乗り心地を良くしています。急加速、急減速、急カーブでスリルを楽しむジェットコースターとは真逆ですね。
 この慣性力を測ることで加速度を計る装置を加速度計と言います。スマホやゲーム機のコントローラーには加速度計が内蔵されていて、姿勢の変化を数値化し、画面操作に連動させているのです。
 最近では、ロボットの姿勢制御、ノートパソコンなどの保護機構、航空機、国際宇宙ステーションにも応用されています。
 コップに水を入れて手に持ち、動く速度を変えると水面の傾きが変化します。水面の傾きの大きさも加速度の大きさを表しています。スマホに内蔵されている機構とは異なりますが、これも加速度計の一種です。一度試してみませんか。(北須磨高校 壷井宏泰)(2015年11月8日付朝刊より)

 スマホの画面が、縦横にクルクル。「どういう仕組みなんやろ」と、折に触れ頭に浮かぶ疑問ですが、たいていは調べもせず忘れてしまいます。それをサラリと解明してくれました。高校生の時に物理が苦手で文系に進んだ私の頭にも「なるほど」とすんなり収まりました。

(3)時にロマンも


 理科は理論的、実証的な学問ですが、時にロマンを感じさせてくれます。最近もそんな記事がありました。

 〈理科の散歩道〉(862)/花粉分析/強い殻が〝歴史の証人〟に

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 現代病の一つ「花粉症」。目が充血したり、鼻水が止まらなくなったりします。私たちにとっては花粉は迷惑なもの、やっかいなものですね。しかし、花粉は私たちにいろんなことを教えてくれるものでもあるのです。
 花粉は、植物にとっては子孫を残すためになくてはならないものです。それゆえ、花粉の表面はスポロポレニンというとても強い殻で守られています。この殻は、金を溶かす王水や、ガラスを溶かすフッ化水素酸ですら溶かすことができません。このことに目を付けたスウェーデンの科学者が、遺跡などの土を分析し含まれている花粉を調べることにより、その時代に存在していた植物を知る「花粉分析」という分野を確立しました。
 花粉分析は、採取した土を王水やフッ化水素酸で溶かし、遠心分離機で花粉の殻だけにし、顕微鏡でどんな花粉が含まれているかを確認します。この方法を使って、さまざまなことが分かるようになりました。
 地面をボーリングし、その地層ごとにどんな植物の花粉が含まれているか調べます。例えば、ある時代の地層にイネの花粉が多く含まれていたとすると、その時代にこの地域で稲作が始まった証拠となります。またブナの花粉が多く含まれているならば、気候が寒かった証拠になります。
 花粉は興味深いメッセージも残しています。古墳時代の遺跡で埋葬された遺体のおなかにたくさんの花粉が付いていることが発見されました。このことから、古代の人たちも死者に対してきれいな花を供え、死を悲しむ習慣があったということが推測されます。
 花粉はやっかいなもの。しかし、昔のことを私たちに教えてくれるタイムカプセルでもあるのです。(神戸村野工業高校 北野貴久)
                                            (2021年3月14日朝刊より)

 花粉の表面がそんなにカチコチとは、「そらみんな花粉症で難儀するわ」と思ってしまいました(関係ない?)。けれどもその性質が、古代の人々の生活を調べるのに大きな役割を果たしていたんですね。

「伝えたい。科学の面白さ」

栗岡出版

 栗岡さんは1999年から、子どもや大人向けに科学教室を開いてきました。粉砂糖で大きな炎を出したり、あめ玉でうがい薬の色を変化させたり、身近なもので科学の面白さを分かってもらおうと工夫してきました。「理科の散歩道」も、その発想の延長線上にある取り組みと言えるでしょう。過去の連載は4冊の本にまとめられ、子どもたちに理科の楽しさを伝えています。

 それにしても20年以上、870回超とは、よほどの情熱がないと続きません。栗岡さんは今春、文部科学大臣表彰を受けましたが、それもむべなるかな。今後はどんな原稿が届くのか、私も一読者として楽しみにしています。

<MZや~ん>
1998年入社。今年2月までは文化部で囲碁将棋、演劇を担当していました。今は子ども新聞「週刊まなびー」を作りつつ、どんな記事が子どもに面白がってもらえるのかを日々考えています。

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