なぜか引かれるトンネル。開通前の写真や建造にまつわるエピソード、新たな掘削計画などを紹介します
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なぜか引かれるトンネル。開通前の写真や建造にまつわるエピソード、新たな掘削計画などを紹介します

神戸新聞公式「うっとこ兵庫」

神戸新聞電子版「神戸新聞NEXT」を見ていると、道路の着工や橋の竣工を扱った記事がアクセスランキングの上位を占めることがあります。生活情報として一定の需要があるものとばかり思っていましたが、周辺人口をはるかに上回るアクセス数になることもあり、鉄道やアニメと同様、「大規模構造物」のファンが一定数いると勝手に予想しています。そんな構造物ファンに向け、播州人3号が「トンネル」の記事と写真を集めてみました。

世界一のつり橋、明石海峡大橋を紹介するnoteの投稿はこちら

有馬街道バイパス開通へ 神戸・北区
トンネル含む1060メートル
災害時ルート確保に期待

 神戸市は、同市北区有野町唐櫃の県道神戸三田線(有馬街道)で新設工事を進めていた、長さ640メートルのトンネルを含むバイパス区間(全長1060メートル)が完成し、3月30日に開通させると発表した。バイパスは現在の道路とほぼ並行しており、交通量の分散や災害時のルート確保が期待される。これにより、周辺道路(同500メートル)の拡幅工事と併せて2006年度に始まった事業が完了する。
 同市兵庫区と三田市をつなぐ神戸三田線は、全長約26キロの幹線道路。このうち唐櫃地域の山裾と川に挟まれた場所では、14年8月の台風で道路が崩落し、26日間通行止めになった。大雨で規制されることもあり、安全性や交通安定性の面が課題とされてきた。
 神戸市はまず、神戸電鉄有馬口駅付近の500メートルで、2車線(片側1車線)の道路幅を6~8メートルから12メートル(うち歩道3メートル)に広げる工事を17年3月に完成させた。続いて、トンネルを含むバイパス区間に着手。無電柱化し、災害時の救援活動や物資輸送のための緊急輸送道路としての機能も高めたという。トンネルの名称は「有馬口トンネル」と決まった。
 並行して残る現道路は一部を除いて歩道がないが、22年4月以降、歩道部分を増やしていく。このほか、開通後も関連工事を一部で続けるという。
     ◇
 神戸市は、同市北区有野町唐櫃の有馬口トンネルを含むバイパス区間の関連工事のため、六甲北有料道路「唐櫃インター」北行きの出入り口を、3月1日から順次夜間閉鎖する。出口は1~5日(予備日含む)、入り口は4~6日(同)のいずれも午後10時~翌日午前6時に実施。南行き出入り口は閉鎖しない。

(2022年2月25日付朝刊より)

紙面に掲載された最新のトンネル関連ニュースです。

トンネルや道路、橋などの完成、開通情報は紙面の定番です。
渋滞の緩和や災害時の活用が期待されるだけでなく、人の流れにも関わる重要な情報になります。

ただファンは、もっと違うところに注目しているのではないでしょうか。
例えば、普段は入れない場所、今しか見ることのできない現場の写真です。
過去の紙面には、こんな写真が掲載されていました。

北近畿豊岡自動車道のトンネル工事見学会(2014年11月)
中国横断自動車道姫路鳥取線の住民向け見学会(2021年4月)
新名神高速道路の報道関係者向けの見学会。非常時に赤色に変わって異常を知らせるトンネル内の照明が紹介された(2017年11月)

日常とは違う景色は、ファンでなくとも興味があります。
そんな声に応えるため、開通前にトンネルが開放されることがあります。

県道篠山山南線・川代トンネル
「開通で安全に」700人喜び
住民ら記念ウォーク

 このほど工事が完了した県道篠山山南線の川代トンネルで17日、近隣住民らを招いた「開通記念ウォーク」があった。約700人が1号トンネルの893メートルを歩いて往復し、真新しい壁や高い天井、広い道幅に目を見張っていた。
 同線は篠山市中心部と丹波市山南町を結び、国道175号と同176号をつないでいる。だが篠山川沿いでは道路の幅が狭く、大雨などで斜面が崩れることも多かったため、2010年度から県がバイパス整備に取り組んでいた。
 バイパスは1~3号の川代トンネルと二つの橋りょうからなり、総延長1720メートル、幅員7メートル(トンネル内6・5メートル)。記念ウォークでは、1号トンネルの壁面に工事の様子や工事で見つかった恐竜化石などを紹介する動画を投影し、親子で楽しんでもらった。
 篠山市長安寺の女性(64)は「元の県道は幅が狭く、対向車とすれ違うのが怖かった。これからは安心して通れそうですね」と喜んでいた。

(2019年3月18日付朝刊より)

家族で参加すれば記念になるだけでなく、トンネルへの愛着もわきますね。
次の写真は西脇市の西脇北バイパスの一部開通を記念したプレイベントの様子です。

(2020年2月撮影)

記事にはハンドベルやオカリナグループ、吹奏楽部の演奏があったとあります。真新しいトンネル内に心地よい音色が響いたことでしょう。

トンネルの歴史的価値に着目するファンも多いようです。
丹波市には日本最古のレンガ造りのトンネルがあります。

鐘ケ坂隧道
日本最古のレンガ造りトンネル
住民の熱意で難所に開通

 切り立った崖を見下ろし、つづら折りの道を登る。桜の名所、鐘ケ坂公園(丹波市柏原町上小倉)から歩くこと約20分。日本最古のレンガ造りトンネルが黒々と口を開けていた。「地元住民の熱意なくして、開通は成らなかった」。案内を請うた丹波柏原ふるさとガイドクラブの竹内脩さん(80)はそう力を込めた。
 「鐘ケ坂」。旧氷上郡と旧多紀郡を遮る急峻きゅうしゅんな峠で、古来、通行や物資輸送の妨げとなっていた。その交通の難所に、隧道すいどう(トンネル)を建設する―。計画が持ち上がったのは、今から142年前、明治13(1880)年のことだ。
 1月6日、氷上郡柏原町。同郡長田艇吉でんていきち、多紀郡の園田多祐そのだたすけら地域の名士が集まった。話題は、鐘ケ坂。「郷土の発展のため、峠を整備せねば」。当時の田は27歳。後に「丹波開発の父」とたたえられた青年は、心に決めていたに違いない。翌日、再び集まり「鐘ケ坂隧道ずいどう開削」を企て、県への働き掛けに乗り出した。
 国からの補助増額の請願などに奔走し、同年12月には工事開始。請け負ったのは、「琵琶湖疏水そすい」などを手掛けた大坂藤田組。氷上、多紀郡両側から破裂薬などを使い、昼夜間断なく掘り進めた。使ったレンガは約28万枚。麓に特設された3基の窯で鹿児島から来た職人が焼き続けた。6万3千人が工事に携わった。
 明治16(1883)年9月、隧道が完成した。長さ268メートル、幅約4メートル。10月13日の開通式は、農商務卿(大臣)西郷従道や兵庫県令(知事)森岡昌純が参列し、盛大に開かれた。
 工費は4万円余。現在のお金に換算すると、約8億円にのぼる。半分は国費、残り約1万8千円を地元でまかなった。氷上郡からは約3300人が計約1万5千円、多紀郡からは約50人と約190町村が計約3千円を寄付した。
 兵庫や滋賀などで近代土木遺産を調査した元神戸大学大学院工学研究科助教の神吉和夫さん(74)=加古川市=は、鐘ケ坂隧道について、意匠や技術よりも寄付者の銘に強い印象を持つ。「国費とほぼ同額を住民らが負担した。いかに地域にとって重要な事業だったかを示している」
              ◇    ◇
 現在の鐘ケ坂隧道。坑口には柵が設けられている。
 丹波柏原ふるさとガイドクラブに申し込めば、見学できる。会長の瓢芳夫ひさごよしおさん(74)と竹内さんの案内で足を踏み入れた。中はひんやりとして、身震いする。反対側の坑口からわずかに光が差すが、辺りは真っ暗で懐中電灯が頼りだ。
 崩落の跡か。随所にコンクリートの補修が見られるが、約140年持ちこたえるレンガ造りの強固さに驚かされる。トンネルの中ほどにある郡境を示す銘板が、明治の余韻を漂わせる。
 1967年、鐘ケ坂トンネル(昭和トンネル)の建設により、隧道は役目を終えた。2005年には3代目の新鐘ケ坂トンネル(平成トンネル)が開通。一つの峠に三つのトンネルがあるのは全国的にも珍しい。
 「丹波吉野」とも称される春の鐘ケ坂公園には、ソメイヨシノが咲き誇る。隧道の開通を記念し、当時の地域住民らが植えたものだ。

(2022年1月4日付朝刊より)

▼明治の人々の思いが随所に

 明治に造られた鐘ケ坂隧道。建設に関わった人々の、さまざまな思いやこだわりが見て取れる。調査した元神戸大学大学院工学研究科助教の神吉和夫さんや丹波柏原ふるさとガイドクラブの瓢芳夫さんに解説してもらった。
 まず、両側の入り口にかかった額。丹波市側には「鑿山化居さくざんかきょ」。瓢さんいわく、太政大臣三条実美の書で、意味は「穴を掘った山は人が住めるように姿を変える」。丹波篠山市側には「事成自同じせいじどう)」。有栖川宮熾仁親王の書で「事を成し遂げれば、自然と人が集まる」という意味だという。
 内部側壁のレンガは、長手(長い面)だけの段と小口(短い面)だけの段を交互に積む「イギリス積み」。神吉さんによれば、同じ段に長手と小口を交互に並べる「フランス積み」より強度が高いとされる。
 入り口近くのみ天井が高いのは、トンネル全体を大きく立派に見せようとした可能性があるという。側壁に、ところどころレンガが抜かれているのは湧き水対策と考えられる。
 ちなみに、丹波篠山市側と丹波市側でレンガの大きさが少し違うが、この理由は分からないという。

丹波のトンネルは見学施設になっていますが、西宮市には明治時代のトンネルが生活道として残っています。あの文豪の作品にも登場します。

谷崎潤一郎著
「細雪」
風格漂う街並み舞台に

 奥畑はひとりニコニコして、そうだったか、この近所に来てなさるのんか、そんなら一遍僕所いっぺんぼくとこへ遊びに来給きたまえ、僕所はあのガードを越えたじきそこです、―といながら、そのマンボウの入口を指して、―君、一本松知ってなさるやろ、僕所はあの一本松の傍やよってに、じき分ります、    
                     (中央公論、「細雪」下巻)

 すぐ南を走る国道2号の喧噪けんそうが、うそのような静けさが広がった。JR神戸線西宮―さくら夙川駅間の高架下にある「マンボウトンネル」(西宮市平松町)。明治初期に農業用水路として作られ、後に歩行者用通路に転用された。長さ22メートル、天井まではわずか1・7メートル。レンガ造りのアーチ形の装いが近代化遺産の風格を今に伝える。
 戦前の芦屋、西宮を舞台に、大阪・船場の上流階級4姉妹の華やかな日常を描いた谷崎潤一郎の長編小説「細雪ささめゆき」(1943~48年)に幾度も登場するマンボウトンネル。その語源は諸説あるが、炭鉱の坑道を指す「間歩まんぼ」に由来する説が有力だ。トンネルを抜け、北へ数分歩くと、冒頭文の「一本松」(同市常磐町)が、閑静な住宅街で異彩を放っていた。
 23年の関東大震災以降、21年間、関西に居を構えた谷崎は、細雪のモデルとされる4姉妹の次女松子と3度目の結婚をし、芦屋市内の「打出うちでの家」(宮川町)で暮らした。細雪が書かれたのは芦屋を離れてからだが、3巻にわたる作品では、38年の阪神大水害で氾濫した芦屋川の様子も記述されており、阪急芦屋川駅北東の川沿いに設置された「細雪」(松子書)の文学碑は、大水害時に流されてきた巨石と言われている。ほかにも同駅北西の商店街にあるレトロな外観の「重信医院」(西山町)は、小説上、姉妹のかかりつけ医「櫛田(くしだ)医院」として書かれている。
 芦屋川を下り、国道43号の南にある「谷崎潤一郎記念館」(伊勢町)へ。88年に松子の意向で芦屋市に建設された。関西在住中、細雪のほか、「まんじ」「蓼食たでくむし)」「盲目物語」「春琴抄しゅんきんしょう」「蘆刈あしかり」など数々の名作を生み出した谷崎。同館には約1万2千点の遺品が所蔵されており、再現された書斎の窓越しから、関西で最後に暮らした「京都潺湲亭せんかんてい」をモチーフに作られた庭が見渡せる。
 「細雪は谷崎の美学が凝縮された代表作」と学芸員の永井敦子さん(43)。昨年11月、谷崎が松子やその妹重子と交わした未公開書簡288通が見つかり、円熟期の作品群と現実の恋愛や生活との関連を解き明かす貴重な資料として注目される。今年で没後50年。通俗性や芸術性を融合させた純文学の秀作は半世紀を経て、さらに輝きを増す。
                       (作家名など敬称略)

(2015年7月9日付朝刊より)

西宮のマンボウは、ほかにもJR線路下に2カ所あり、甲子園口駅付近のものは高さ1・3メートルしかないそうです。写真を見れば、通るというよりは、もぐっているような感じです。

同じような古いトンネルは神戸市内にもありました

今も残る「臨港線」の面影 神戸

 神戸市灘区、JR摩耶駅西側の路地で、コンクリートに埋もれたれんが造りのトンネルを見つけた。線路下を50メートルほどくぐる歩道だが、補修跡だらけでお世辞にも美しいとは言い難い。
 ここは明治以来、神戸港へと続く貨物線「神戸臨港線」だった場所で、トンネルはその地下道跡らしい。2003年の廃線後、市が沿線を遊歩道に整備。「臨港線クリーングループ」代表の杉山久さん(72)が「丈夫そうなのはそのまま使ったんでしょう。沿線にはほかにも橋台など、所々にれんがが残っている」と教えてくれた。
 トンネルの中を歩くと頭上はペンキで白塗り、左右も板で覆われていた。入り口のアーチが唯一の面影。距離は短くても、今後もながーいご活躍を願っています。

(2021年6月3日付朝刊より)

車や人が通るトンネルの記事を紹介してきましたが、鉄道にもトンネルがあります。
こちらはファンには名の知れた「北神急行」のトンネルです。

トンネル内、猛スピードの電車間近に
北神急行の魅力体感

 六甲山を貫く山岳トンネルを走る北神急行電鉄の車両や車庫を楽しむ「北神急行フェスティバル」が5日、北区山田町下谷上の同電鉄谷上車庫で開かれた。同電鉄は市営化が決まり、北神急行の名前がなくなる可能性があり、フェスも最後という。多くの家族連れらが訪れ、トンネル内を走る車両の見学や軌道検査などに使うカートの乗車体験を楽しんだ。
 同電鉄は1988年4月に開業し、新神戸―谷上間(約7・5キロ)を結ぶ。開業当時、私鉄では最も長かったトンネル(約7・3キロ)が特徴。神戸市は2020年の市営化を目指しており、会社としての北神急行電鉄はなくなるという。
 フェスは10月14日の「鉄道の日」に合わせて毎年開催。走行する車両を数メートル横で見学できる「トンネル探検」では、参加者が階段で地下に降り、トンネル内へ。「ゴォー」というごう音が大きくなるとともに、ヘッドライトが近づく。警笛を鳴らして時速約60キロで車両が通過すると、ひんやりとした強風が顔に当たった。
 見学者はカメラで車両の雄姿を収めたり、あまりの迫力に放心状態だったり。初めて参加した垂水区の男児は「ぶわっと風がきて音がすごかった。トンネルを走る車体は格好良い」と笑顔で話した。
 他にも、架線から電気を取り込むパンタグラフや直径86センチの車輪といった車両部品が展示された車庫内の見学、六甲山の湧き水を使った洗車体験もあった。運転台を再現した模型や、子どもサイズの制服の試着は、子どもたちの人気を呼んでいた。
 フェスには一眼レフカメラを持った鉄道ファンの姿も。大阪産業大4年で鉄道研究部に所属する男性(21)は社員とも交流がある。「アットホームな雰囲気が好き。市営化しても北神急行が築き上げた良さを引き継いでほしい」と話した。

(2019年10月6日付朝刊より)

区間がほぼトンネルのため、初乗り運賃が「日本一高い」と言われていた北神急行ですが、2020年6月に市営化され、運賃はほぼ半額になりました。

水の通るトンネルも紹介しましょう。

神戸・布引 大容量送水管掘削完了を記念
地下50メートル 280人歩く
坑内で水に感謝の言葉も

 災害時の給水対策として神戸市水道局が整備する大容量送水管の掘削完了を記念した「トンネルウォーク」が27日、同市中央区熊内橋通7の布引立坑たてこう付近で開かれた。送水管が取り付けられる前の横穴を家族連れらが歩き、坑内にメッセージを記した。
 阪神・淡路大震災で飲料水が不足した教訓から、1996年度に事業開始。長さは芦屋市境―奥平野浄水場(神戸市兵庫区)の12・8キロで、このほど全区間の掘削を終えた。うち、これから送水管を設ける同浄水場―布引立坑区間(2・4キロ)で催した。
 応募者1180人中、当選した280人が9グループに分かれて参加。立坑の階段で地下約50メートルに降り、薄暗い横穴(直径3・35メートル)を1列になって進んだ。200メートル先で坑内に言葉を記し、記念撮影した後に引き返した。
 「おいしい水をありがとう」「水は命 震災後2月14日にジャグチから水が出ました 毎年バレンタインデーは水に感謝する日になりました」の言葉が並んだ。
 母、弟と参加した神戸市東灘区の会社員女性(34)は「蛇口をひねったら水が出るのが当たり前と思っていたけれど、裏にはいろいろな努力があるんですね」。29日は残る当選者40人と地元住民130人が参加する。

(2015年6月11日付朝刊より)

こちらはさすがに完成後は通れません。
まさに一生に一度の体験になったでしょう。

同じ神戸市内には、これから掘削の始まるトンネルもあります。

空港アクセス強化へ 
新神戸トンネル ポーアイ直結 
神戸市 南伸事業に着手

 神戸市は2022年度、新神戸トンネルをポートアイランドに延ばす事業に着手する。市中心部とポーアイを地下で結ぶ神戸港港島トンネルに直接つなげ、三宮周辺の渋滞を解消。建設中の大阪湾岸道路西伸部や神戸空港へのアクセスを良くし、物流の円滑化や観光誘致を図る。
 新神戸トンネルの南伸部については、もともと国が1994年、整備が望ましい道路として指定。しかし、現在は三宮近くの国道2号に地上の出入り口があり、港島トンネルまでの約1キロが未整備となっている。
 湾岸道路西伸部の工事が18年に始まったほか、神戸空港の国際化に向けて、市街地からのアクセス強化が課題となっており、市は南伸部の事業化を判断した。
 市中心部の渋滞や、将来的には湾岸道路西伸部の完成に伴って予想される混雑の解消を期待。三宮からポーアイに行きやすくするため、南伸部に国道2号からの出入り口を設けることを検討する。
 新神戸トンネル南伸部の総事業費は数百億円規模に上るとみられる。市は22年度に計画づくりなどに取り掛かり、国や県、阪神高速道路会社(大阪市)と相談しながら進める。
 工事区間は地上の交通量が多く、地下の構造物も多数存在する。このため難しい工事になるとみられ、事業の終了時期は未定という。

(2022年2月9日付朝刊より)

事業の完了時期は未定のようですが、開通前の真新しいトンネル内をぜひ歩いてみたいですね。
兵庫県内にはトンネルだけでなく、橋やインターチェンジ、空港など大規模構造物が多数あり、機会があれば構造物シリーズとして紹介したいと思います。

<播州人3号>
1997年入社。新神戸トンネル南進事業の地図に「港島トンネル」の表記があります。市街地と人工島・ポートアイランドを結ぶ海底トンネルで、海底を掘り下げ、箱をつなぎ合わせる沈埋函ちんまいかんと呼ばれる工法で完成しました。20年ほど前、市の担当者から仕組みを教わりましたが、浸水をどう防ぐのか、大型の箱を何でつなぐのか、具体的な作業を考えると不思議でなりません。特殊な工法や最新の技術も構造物ファンを引きつける魅力なのでしょう。

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うれしいです。三田市のシバザクラです(2020)
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