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動物やキャラクターがしゃべってる??新聞記者のコスプレ、「なりきり」原稿3選

今日は、動物園の取材。これまでに何本か原稿を書いているけれど、動物の魅力を伝えるのは難しいんだよなあ。何かこう、切り口を変えられないものか…。
そうだ!
動物になりきって記事を書いてみたら、きっと面白くなるはず…!

記者になって、さまざまなテーマを対象に取材・執筆をこなしていくと、「記事の切り口でオリジナリティーを出したい」と思うようになります。
そんなときにぱっと浮かぶのが、動物やキャラクターなど、しゃべらないモノになりきって、〝心の声〟を記事にするというもの。
「これは斬新だ」と思って先輩記者にウキウキでアイデアを披露すると、「手あかが付いた手法やで」と一蹴されて落ち込む。
ここまでの一連の流れが、新聞社内でしばしば見られる「若手記者あるある」です。

一方で、ありがちな発想とはいえ、こういったコスプレチックな「なりきり」原稿が、そう頻繁に出てくるわけではありません。
デスク(記事を整える上司)の反対によって日の目を見ないことも時にはあるかもしれませんが、実は、発案した記者自身がひよってしまうケースが多いのです。

なぜならば、実際にモノになりきって記事を書いてみると、そのモノの個性を出しながら話題を展開していくのが意外に難しく、「やっぱり、普通のスタイルで書こうかな」と変節してしまいがちなのです。
「面白がっているのは自分だけで、読者は面白くないかも」と、勝手に一人で自信をなくして諦めてしまうケースもあります。
極論すれば、「なりきり」原稿を書くには、粘りと度胸が必要、と言えるかもしれません。

そういった中で、無事に(?)結実した神戸新聞の過去の「なりきり」原稿を3つ、2006年入社のシャープが選んでみました。

まずは、この類いの記事では定番とされる、キャラクター編から。


① 〝看板娘〟しおみちゃんの恋愛事情

(2015年11月16日付朝刊より)

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 和服が似合う小学生風のキャラクター「しおみちゃん」をご存じだろうか。神戸市垂水区の塩屋地区のPR役を担う彼女のために、商店主らが「彼氏」を一般募集したところ、約50人分のキャラクターが寄せられた。塩屋のアイドルが選んだお相手は―。
(以下、取材に基づくしおみちゃんの独白)
 私は、塩屋地区の商店主さんたちの集まり「塩屋商店会」で使われているキャラクター。明石市の彫画家、伊藤太一さんの挿絵から生まれたの。
 仕事? 地図とかチラシの余白でにっこりほほ笑むこと。「塩屋のアイドル」ってかわいがってもらってて、商店会の会館も「しおみちゃんの家」って名前なのよ。
 10年以上一人で頑張っている私をかわいそうに思ったのか、昨年秋、商店主さんが彼氏を募ると、50人ぐらい集まってくれた。
 大きく二つのタイプに分かれて、私に似た昔ながらの日本人らしい顔立ちと、明治期に洋館が立ち並んだ塩屋の歴史を感じさせる欧米風のルックス。選べって言われても難しいわよね。
 結局、決めきれずに2人を彼氏認定したの。和服の「しおとくん」と、金髪でオーバーオール姿の「しおんくん」。そうしたら商店会の広報紙に「しおみちゃんが選んだ彼氏は、何と2人!」ってあからさまに書かれちゃって。
 「複数の彼氏がいるアイドルってどうなんだ」。そんなうわさが耳に入って落ち込んだ私。商店会の人たちは「気にするな」って言ってくれるけど、ネタにする人も。副会長(41)は「しおとくんは彼氏、しおんくんはボーイフレンド」と分かるようで分からない表現を使ってるし、専務理事(68)は「しおとくんが本命」って広めてるし。
 でも、これだけは言わせて。しおとくんもしおんくんも本当にいい男の子なの。まだ個性を発揮しきれてないけど、塩屋の将来を支えていく存在よ。商店主さんも、売り出そうと気合いが入ってる。
 1日から塩屋で開かれている「文化祭」で、3人での本格的な活動が始まったわ。私たちの姿をプリントした缶バッジが、スタンプラリーの景品になるんですって。みなさんの手元に渡るかも。冷やかさず、温かい目で3人を見守ってね。


この記事には、「なりきり」原稿の重要なポイントが一つ、含まれています。
それは、「第三者を、どうやって記事に溶け込ますか」

ただ単にモノになりきって、つらつらしゃべらせているだけだと、メリハリがなく、説明調になりがちです。
この「しおみちゃん」の記事でいえば、副会長と専務理事という第三者を自然な流れで登場させることで、しおみちゃん以外の視点を加え、奥行きを出そうとしています。

続いては、「なりきり」原稿の中でも、とびっきり異端な記事です。
記者が、犬になってしゃべっているところまではありがちなのですが……。


②雑種の犬が、アイボ専門店へ突撃ルポ

(2000年12月9日付夕刊より)

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 二〇〇〇年冬・神戸ハーバーランドー。世界の名犬が集まるドックガーデンにパラサイトし、ミレニアムの寒風になぶられている雑種の俺の耳に、「相棒、相棒」と呼ぶ声が。お前はビートきよしか! と思いつつ振り向くと、そこには隣の百貨店へ消えていく女たちの姿があるばかり。“相棒”じゃなく、“アイボ”。神戸阪急の三階にオープンしたアイボショップが彼女たちのお目当てなのだ。たとえ相手がロボットとはいえ、俺たちの縄張りを荒らすのを黙って見ちゃあいられねぇ。行くぜ、三角目のブルテリア、川谷拓三似のウェルッシュコーギーもついてこい! 飛び出す俺、華麗な跳躍…。しまった、そもそも百貨店は「犬立ち入り禁止」だ! 
 制止を振り切り三階へ駆け上がる。かみつかんばかりの勢いの俺に、「アイボは犬型ロボットじゃなくて、四足歩行型エンターテイメントロボットなんですよ」と優しく諭す声。アイボスタッフによると、犬でもあり猫でもある、飼い主次第の融通の利くヤツらしい。確かに先代アイボに比べ小ぶりで丸くなり、犬犬していない。耳も垂れ耳から立ち耳になり、尾も短くなっている。これなら俺の目の角も、ちったぁ取れよう、ってもんだ。
 色は金・銀・黒の三色でブチだのシマだのはいやしない。そもそも毛すら生えていない。「毛皮とか着せられないんですか、と質問される人もいらっしゃいます」とスタッフ。おなかのバッテリーが熱くなるので毛皮は無理だが、逆に毛が落ちないからアレルギーでも大丈夫、と喜びの声も。
 散歩いらずのエサいらず、体重も一・五キロから増えない。関節が二十カ所あり、動きも滑らか。倒れても自分で立てるし、なぜかダンスもできる。眺めていると気分はもう、お遊戯の時間の母親。
 背中やあごをなでてやると、顔と尾が光る。言葉も約五十語を理解できるようになり、オウムなみに口まねもする。ペットの毎日の世話に挫折したり、先立たれた悲しい経験を持つ購入者も多いとかで、一介の犬としてはフクザツな心境。
 完全受注生産。完全本能生産の俺たちとはえらい違いだ。値段は基本セットが十五万九千円(税別)と、俺に比べれば高いが血筋のいい犬よりもリーズナブル。
 既に百七十六件、という申し込み数に打ちのめされつつ考える。番犬役も将来性がないし、再び野生に返る時期なのだろうか、と。とりあえず、帰って「笑う犬の冒険」でも見ようっと。 


アイボに着目した記事なのですから、一般的な「なりきり」原稿ならば、アイボになりきればいいはず。
その設定をあえてずらし、雑種の犬としてアイボ専門店に入っていくという、しかも出だしでスタッフから「アイボは犬型ロボットではない」と前提条件を否定されているという、とんでもない(?)記事です。

ビートきよしやら、川谷拓三やら、笑う犬の冒険やら、具体的な固有名詞で小ネタを挟んでくるあたりもかなり挑戦的で、まさに度胸がなければ書けない原稿でしょう。
筆者は、唯一無二、鬼才の〝作品〟3選でも取り上げた、文化部の田中真治記者です。



最後の3本目は、今年2月と5月、2部にわたって企画された「ガーじぃが見たスマスイ」です。
世界最高齢の淡水魚「ロングノーズガー」を主人公に仕立て、須磨海浜水族園(神戸市須磨区)の歴史や新施設の構想などを紹介するシリーズです。

今回は、第1部の初回をご覧いただきましょう。


③スマスイの語り部、43歳のガーじぃ

(2021年2月16日付朝刊より)

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 初めまして。
 で、ええんかな。実はワシに会うたことある人、多いじゃろ。一応、自己紹介しとくわ。
 須磨海浜水族園、スマスイ言うんやけど、そこの「世界のさかな館」に住んどる。鼻が長い淡水魚「ロングノーズガー」じゃ。生まれも育ちもスマスイ。1977年生まれじゃから…今は43歳。誕生日は3月1日で、もうすぐ44歳になる。
 人間やったら働き盛りやけど超高齢魚なんじゃ。2014年から世界最高齢の記録を更新し続けとる。毎日エサ食って、他の魚たちにぶつからんよう、ゆったり泳いどるだけなんじゃが。おたく(神戸新聞)の記者も、毎年誕生日に取材しに来はりますわ。ここのスタッフはワシのこと、「じい」とか「ガーじい」とか呼んどる。みんなも呼んでええんじゃぞ。
 両親は米国出身。クリーブランド水族館っちゅうとこから、54年前に前身の「須磨水族館」に来た。
 こっちで産卵したんじゃが、これもニュースになったらしい。水槽内での繁殖ってのが国内はもちろん、世界でも初めてやったんじゃて。今でも日本では例がないらしいぞ。こんときは兄弟が200匹ぐらいおったんじゃけどなぁ。
 なんで今回ワシが出てきたかっていうとな、今のままのスマスイが2月末で終わるんじゃ。本館だけは2年後の5月までやねんけど、イルカライブ館やラッコ館、レストラン、ワシが住んどる世界のさかな館とか、東側にある15施設を取り壊して新しく整備するんじゃて。さびしいのぅ。


いかがだったでしょうか。

じっくり読んでいただいた方はお気づきかもしれませんが、これらの「なりきり」原稿は、記者の自由度が高いように見えて、好き勝手に書き進められるわけではありません。
むしろ、普通のスタイルの原稿よりも取材を尽くし、執筆に時間をかけないといけないのです。

今後も、神戸新聞の紙面やウェブサイト「ネクスト」で、こういった記事に出くわすことがあるかもしれません。
その際は、「何でこんな書き方をしてるんだ」と言下に否定せず、「なぜ、記者はモノになりきろうとしたのかな」と考えながら読んでいただけると、より一層、記事の面白みが伝わるかと思います。


<シャープ>
2006年以降、阪神総局、神戸本社、姫路本社の3カ所で勤務。「なりきり」原稿を書いたこともあるが、「モノに憑依しすぎ」と指摘されることが多かった。

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