阪神駅前情話 41の物語
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阪神駅前情話 41の物語

 「駅」という言葉には、どこか切なく美しい響きがあります。旅立ちや別れ、再会…。そして、通勤や通学といった日常。年齢や職業の別なく、さまざまな喜びや悲しみを背負った人々が行き交う場所だからなのでしょうか。

 こんにちはド・ローカルです。秋の夜長、なんだかセンチメンタルな気分になり、冒頭のような入りになってしまいました(笑)。

 「駅」をテーマにしたコンテンツは新聞社の十八番(おはこ)です。ただ、原稿と写真の組み合わせが定番スタイルです。
 「動画を組み合わせ、よりビジュアルに伝えたい」
と作り上げた連載が「阪神駅前情話」です。6市1町に160万人超が暮らす阪神地域には、JR、私鉄合わせ約70の駅があります。うち41駅の物語をこの連載で取り上げました。その中からイチオシ5駅の物語をお届けします。<動画はタイトル下のURLからどうぞ>


変化の兆し待つ「関西の奥座敷」 JR武田尾駅

https://www.youtube.com/watch?v=SMk9gCTxcY4

武田尾駅

  そこは「関西の奥座敷」と呼ぶにふさわしい場所だった。
 JR宝塚(福知山)線・武田尾駅。1986年の新線切り替えに伴い武庫川に架かる橋の上に移転した。ホームの一部がトンネル内にある日本でも珍しい構造だ。
 武庫川沿いを歩き、旧線のトンネルを抜けると、西宮・宝塚市境をまたぐ渓谷に、ひっそりと3軒の温泉旅館がたたずむ。人影はなく、渓流の音だけが響く。
 「今年の紅葉は色づきがいまいちやった。温暖化の影響かなあ」
 明治時代から続く老舗旅館「紅葉館 別庭あざれ」の松本孝一社長がつぶやく。
 「ここは静かな環境が魅力。それでいて都市部にも近い」。宝塚の中心部から電車で10分もかからない。
 四季折々の顔を見せる自然も時に猛威を振るう。1980年代以降、4度武庫川が氾濫。泥流が旅館や民家を襲った。紅葉館も2004年の台風23号で休業を余儀なくされた。

 西宮市側では今年、護岸工事が本格化する。工事に伴い、建物を取り壊す明治30年創業「マルキ旅館」の木戸幹人社長は数年後の再開を目指す。
 「ここにはお金で買えない価値がある。寂しい気持ちと安堵(あんど)感。どちらとも…」
 戦時中、同盟国の外国人らの疎開先だった。叔母2人は、滞在していたイタリア人男性とそれぞれ結婚。彼らは日本の草分けとされるイタリア料理店の創業者になった。
 作家水上勉氏も訪れた。日本古来の桜の保護育成に尽力した笹部新太郎氏(1887~1978年)が開いた演習林「亦楽(えきらく)山荘」があり、モデルにした小説「櫻守」を執筆した。小説で「色け」のある場所として描かれた演習林は今、桜の園に整備された。ハイキングコースとなったJR廃線跡を歩き、トンネルを二つくぐるとたどり着く。
 笹部氏が手掛けた京都の桜の園は1960年代、名神高速道路の建設に伴い姿を消した。半世紀を経て、今度は武田尾周辺で、新名神高速道路や宝塚インターチェンジの建設が進む。
 紅葉館の松本社長は「遠方の観光客も増えるはず」と期待を寄せる。「ただ…。ひっそりとした環境がどうなるかは読めない」
 渓谷の街は変化の兆しを静かに待つ。
(2016年1月1日付朝刊から)

JR武田駅舎①

 JR武田尾駅は、トンネル内にある珍しい駅舎です。駅の下を流れる武庫川沿いには明治時代創業の温泉旅館がわずかながら残ります。春の桜や秋の紅葉シーズンは、JR旧線の廃線跡がハイキングコースとして人気を集めています。


まるで異国のような光景 JR西宮名塩駅

https://www.youtube.com/watch?v=bdjOmCWq7LQ

JR西宮名塩駅

 まるで異国のような光景に息をのんだ。白亜の建物が斜面にずらりと並ぶ。JR西宮名塩駅北側に広がるニュータウンの住宅群だ。
 住民たちを住宅地へ運ぶ「斜行エレベーター」が駅前から延びる。高低差約60メートル。斜面に沿ってガラス張りのエレベーター2基が並び、赤と緑の箱がゆっくりと行き交う。
 「便利なだけでなく、まちのシンボルです」。藤原眞理子さんが胸を張った。1991年に「街開き」し、現在約2200世帯6200人が暮らす。藤原さんは約20年前に移り住んだ。PTAや民生委員を務め、今は社会福祉協議会の分区長。「何もしなければオールドタウンになってしまう。ずっと活気ある街であってほしいから動くんです」
 駅から西に10分ほど歩くと、ニュータウンとは打って変わり、歴史ある街道が広がる。
 「名塩の村はかつて和紙で栄えた」。コミュニティー協議会会長の北野昭さんが教えてくれた。独自技術の「名塩紙」は全国に名をとどろかせ、集落に製紙業者がひしめく姿は「名塩千軒」と呼ばれたほどだ。
 しかし、洋紙の普及などで衰退。今では2軒を残すのみとなり、郷土資料館「名塩和紙学習館」が歴史を伝える。地域の小学生はここで紙すきを体験し、完成した和紙で卒業証書を作るという。
    
 ニュータウンと歴史ある集落。二つを結びつけたのは、1995年の阪神・淡路大震災だった。
 ニュータウンのある東山台周辺には当時、426戸の仮設住宅が並んだ。被災者が交流する「ふれあいセンター」の運営は社協が中心となり、集落とニュータウンそれぞれの住民が参加。震災をきっかけにニュータウンでは、自治会や社協の分区ができた。市議で和紙工房代表の八木米太朗さんは「住民同士だけでなく、地域としてのつながりが生まれた」と振り返る。
 2008年にはイルミネーション「西宮名塩ルミ・パピエ」を始めた。「パピエ」は仏語で「紙」を表す。新旧の住民が交流し、和紙の里に新たな息吹をもたらしている。
 夜。小高い丘に登り、ニュータウンを眺めた。闇夜に街が浮かぶ。窓の明かり一つ一つに、住人それぞれの人生が輝いているようだった。    (2016年1月3日付朝刊から)

西宮名塩駅舎


 西宮名塩駅北側の斜面に沿って白亜の建物がずらりと並びます。夜になると、建物の窓からがこぼれる光が、幻想的な光景=このページの冒頭写真=を醸し出します。動画を見たユーザーからは「まるで(イタリアの)アマルフィ」とのコメントも寄せられるほどです。

 もう一つ取材をして印象に残ったのが斜行エレベーターです。全面ガラス張りで街の風景を眺めながら上り降りする住民の足として活躍しています。 一方、駅から西に歩くと、かつて伝統的な和紙「名塩紙」で全国に名をはせた集落が残ります。新旧融合した街並みが、この駅前の特徴です。


存在感放つ「空の玄関口」 JR伊丹駅

https://www.youtube.com/watch?v=7KGm_o76wqg

JR伊丹駅

 駅西側のデッキに立つと、軍師・黒田官兵衛を幽閉したとされる戦国武将、荒木村重の居城・有岡城があった国指定史跡「有岡城跡史跡公園」が見渡せる。東には福知山(宝塚)線に沿って猪名川がゆっくりとした流れを刻む。
 ジェット機音に誘われるように県道を車で東へ。約1・5キロ走ると、突然、目の前をジャンボジェットが横切った。「ぶつかる」。車は大阪(伊丹)空港を横断する地下トンネルへ。飛行機は雄壮に大空へと離陸した。
 伊丹市と大阪府にまたがる同空港。滑走路西側の公園「伊丹スカイパーク」は飛行機の離発着を真横で、しかも間近に見ることができる珍しいスポットだ。
 南北1・2キロの敷地には三つのエントランスと六つの丘が連なる。ツツジが一面に咲く「つつじの丘」や巨大立体迷路などの遊具がある「冒険の丘」、夜空へと続く星空の小道(130メートル)を表現した「スターライトパス」…。宝塚市から来た会社員男性は「気分転換にも最適」と飛行機を見上げた。
 夜になると景色は一変する。管制塔、滑走路、飛行機などから放たれるオレンジや白、ブルーの光が交錯し、まるで宝石箱を開けたような鮮やかで幻想的な夜景が広がる。
     
 空の玄関口として、かつては国際線も行き交った伊丹空港には、海外からさまざまなものがもたらされた。
 オレンジとレモンの交配種「マイヤーレモン」もその一つ。第2次世界大戦中~戦後に政財界で活躍した故高碕(さき)達之助氏が米国から苗木を持ち帰り、1960年ごろ、伊丹市東野地区の苗木農家、久保弥三雄さんが譲り受けた。
 「マンションに囲まれ、風通し悪く、熱がこもりやすい都市の環境を逆手に取った」と久保さん。都市農業の先駆け的な取り組みで栽培数を増やし、阪神産の野菜や果物などを取り扱う農産物直売所「スマイル阪神」(北本町3)の看板商品(12月下旬~3月)として並ぶ。今では塩ポン酢やケーキなどの製品に加工されている。
 酸味は抑えめで糖度は少し高い。皮が薄く丸ごとかぶりつくことができるといい、久保さんは「レモンとオレンジのハイブリッドや」と胸を張った。(2016年2月14日付朝刊から)

 大阪(伊丹)空港を横断する地下トンネル付近は圧巻です。記事にもあるように、車を走らせていると、突然、目の前をジェット機が横切る光景と遭遇することができます。「あっ ぶつかる」。そんな感覚を抱くほど迫力満点です。


「パリ化計画」推進? JR立花駅

https://www.youtube.com/watch?v=-KfORPMqD9I
パリ化計画

 駅を中心に、クモの巣のように広がる道路。「まるでパリみたいやん」。誰かが言い始めた。
 計画はそこからスタート。名付けて「たちばなパリ化計画」。「まずはエッフェル塔を建てるんや」「そしたら凱旋(がいせん)門もいるで」。駅前では、パリジェンヌならぬ〝タチバナジェンヌ〟たちが今日も、まちの将来について侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしている。
 「JR立花駅は、住民たちの手作りの町なんです」。尼崎市立地域研究史料館。辻川敦館長が歴史を解説してくれた。
 駅は旧立花村が鉄道省に要望して、1934(昭和9)年に開業。事前にライバルの武庫・大庄両村と激しい競争が繰り広げられたといい、村民らは周到な区画整理計画を提示しようと奔走した。
 「日本の都市計画は明治以降、ヨーロッパをモデルとしてきた。立花の放射状道路もそういった西洋の都市をイメージしたのでしょう」と辻川館長は推測する。
    
 それから約80年。この都市のかたちに目を付けたのが、駅前に八つある商店街の商店主たちだった。
 「パリとそっくりやん」。店主らでつくる「立花商業地区まちづくりグループ」が昨年、この衝撃的な〝事実〟に気付いた。
 店主らの動きは速い。駅北側の「立花商店街」は「モンテーニュ通り」、北東に延びる「立花東通商店街」は「シャンゼリゼ通り」…。通り名は早速、衣替えされ、「パリ化計画」は着々と進んでいく。最終計画は、駅前にエッフェル塔を建ち上げることだ。
 2015年11月には「立花×パリ祭」も開催。通りを散策する「ツール・ド・タチバナ」のコースを、同グループの峯松完治会長に案内してもらった。
 なぜかラーメンと親子丼がセットで売られている中華料理店、おもちゃしか販売していなさそうな文房具店。あまりにも、謎めいた店が多すぎる。
 漫才師顔負けのトークを繰り出すコーヒー店主、土井祥司さんが叫んだ。「お店だけじゃなくて、お客さんもおもしろい人ばっかり。商店街はジャングルみたいなところや!」
 パリにあるジャングル。ここはタチバナ。まちは魅力と可能性、そして人情に満ち満ちている。
(2016年4月17日付朝刊から)

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 道路が放射状に広がる地形は、パリを彷彿(ほうふつ)とさせますが、立花商店街を「モンテーニュ通り」、立花東通商店街を「シャンゼリゼ通り」と呼ぶなど、通りの愛称に少しおおげさ感を感じるのは私だけでしょうか?。

歌劇の聖地 阪急宝塚駅

https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/movie/part02/201703/0009967949.shtml

宝塚大劇場ロビー

 歌劇の聖地「宝塚大劇場」。阪急宝塚駅から劇場へと伸びる430メートルの「花のみち」はヅカファンにとって、夢の世界へといざなう憧れの道だ。歌劇関連のショップやギャラリーなどが立ち並び、沿道にはサクラやスミレが咲き誇る。
 「まちの雰囲気全体がもうタカラヅカ。駅を降りるとワクワクしちゃいます」
 1公演につき、10回は観劇するという京都女子大学2年生の学生は、ファン歴10年。「男役は普通の男の人よりかっこいいし、女役はうっとりするかわいさがある」。ジェンヌへの愛がほとばしる。
 2014年に100周年を迎えた宝塚歌劇。劇場に入ってまず圧倒されるのは巨大なエントランスホールだ。真っ赤なじゅうたんに、ひな壇のような幅広の階段、そしてきらびやかなシャンデリア。宮殿を思わせる華やかな雰囲気に息をのむ。
 「舞台の前から、いかに楽しんでいただくか。そこもわれわれの腕の見せどころです」
 歌劇事業部の柏原真由美さんが胸を張る。館内には衣装やメークが楽しめるステージスタジオやショップなどが並び、まるでテーマパークのよう。
 〝通〟たちのみが知る隠れた「トリビア」も。ホールにあるピアノは実はスミレ色の特注品、劇場スタッフのスカーフはその日の上演組ごとに色を変えている、などなど訪れるたびに新たな発見がある。
 「次の100年に向け、どんなタカラヅカをつくっていくか。これからが私たちの挑戦です」。柏原さんが表情を引き締める。
 (2017年3月10日付朝刊から)

阪急宝塚駅


 阪急宝塚駅から劇場へと延びる「花のみち」の沿道にはサクラやスミレが咲き誇ります。1914(大正3)年4月、宝塚新温泉場にあった劇場で初演されたのが宝塚歌劇団の始まりと言われており、現在の劇場は2代目。歴代スターらを紹介する「宝塚歌劇の殿堂」なども併設されており、大劇場の入場者数は年間100万人に上ります。

 ご紹介できたのは41の物語のうち、ごく一部です。他の動画をご覧になりたい方は以下のリンクからどうぞ。

<ド・ローカル>1993年入社。幼い頃から駅舎に興味がありました。小さくても、大きくても、そこには町が開け、人の営みがあります。「駅を起点に、生きている人のストーリーを刻みたい」。神戸新聞阪神総局に勤務していた6年前、こう思い立ち、この連載を始めました。

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兵庫県の地方紙「神戸新聞」です。過去記事の中から、記者らがテーマごとに独自の視点で選び、背景や取材の裏話などとともに紹介します。ゆかりの有名人の逸話や、ほっこりする地域の話題など兵庫の魅力を、毎週水曜正午と土曜午後6時に投稿します。「おもろい」と思われた方、ぜひフォローください