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難解な研究成果も分かりやすく。科学担当記者たちの現場

播州人3号です。兵庫県内には大学や研究機関が多く、科学誌などへの論文掲載に合わせ、研究成果が発表されたり、会見が設けられたりすることがあります。それを取材するのが科学担当記者です。扱うテーマは物理学や医学、生物学など多岐にわたり、配られる資料には初めて見るような専門用語も少なくありません。今回はそんな科学担当記者たちが手がけた記事4本を紹介します。

匂い識別 仕組み分かった
鼻の神経細胞がキャッチ
 →電気信号「発火」で脳に送信
理研などの研究チーム発表

 人間や動物が「これは何の匂いなのか」を識別する際、鼻と脳をつなぐ神経細胞で起きている電気信号(発火)のタイミング(間隔)が影響している仕組みを、理化学研究所多細胞システム形成研究センター(神戸市中央区)と九州大の研究チームが、マウスを使った実験で明らかにした。成果は科学雑誌「ニュートン」のオンライン版に掲載された。
 匂いの情報は、鼻腔(びくう)の上皮にある神経細胞がキャッチし、脳に近接する「嗅球(きゅうきゅう)」に送られる。嗅球表面には神経が糸玉のように集まった中継地「糸球体」があり、電気信号を起こす現象「発火」を繰り返しながら脳に情報が伝わる。

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 匂いの違いにより、神経細胞が発火の頻度やタイミングを変化させていることが分かっていたが、どんな情報処理が行われているのかは未解明だった。
 研究チームは、マウスに果物などの匂いをかがせ、嗅球の糸球体で起きる発火を調べた。発火時に増えるカルシウムイオンが明るく見える蛍光顕微鏡で発火を画像化。糸球体が匂いの情報を受け取ってから発火するまでの時間差を確かめた結果、いずれも時間差はほぼ一定。発火のタイミングによって匂いの源が特定できることが判明したという。
 また、匂いの濃度を変化させた場合でも発火の頻度は変化したが、タイミングは一定だった。これまで、例えばバナナの匂いを近くで嗅いでも遠くで嗅いでもなぜバナナと識別できるのかは謎だったが、発火のタイミングによって、その仕組みが解明されたとしている。
 チームリーダーの今井猛・九州大大学院医学研究院教授(神経科学)は「嗅覚に限らず、脳がどのような原理で情報を処理するのか、を読み解くきっかけになる成果。片手を失った人が『手を動かしたい』と念じるだけで義手を動かしたり、動物の心を読み取ったりする技術など、応用の可能性はある」としている。

  (2017年12月20日付朝刊より)

どうやって匂いを識別するのか。言われるてみると、不思議ですね。
確かに近くで嗅いでも、離れて試してもバナナはバナナです。

その仕組みの解明だけでも驚きますが、ほかの技術に生かされるかもしれないとは奥の深い研究です。

▢ ■ ▢ ■ ▢ ■

科学担当記者が所属するのは編集局報道部です。
医療や教育担当と兼務し、発表テーマに応じて取材します。

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大学で物理学や生物学を専攻した専門家ではありませんが、専門家でないゆえに、読者目線でニュースを判断できることもあるはずです。

そのためでしょうか、暮らしや病気の治療に関わるような研究成果は大きく扱われることも多いです。

気温の急変に耐える力を確認 甲南大の研究チーム 脳卒中など治療に活用へ

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 気温の急変でなぜ体調を崩すのか―。その仕組みの一端を、甲南大理工学部(神戸市東灘区)の久原篤教授らの研究チームが明らかにした。ヒトと遺伝子が似た線虫を使い、特定の酵素の有無で低温に耐える力や寿命が変化する現象を確認。成果は14日付の米科学アカデミー紀要電子版に掲載された。
 線虫は体長約1ミリで、土の中などに住む。これまでの久原教授らの研究で、線虫は20度以上から2度へと温度環境を変えると死ぬが、15度から2度の環境に移した場合は生き残ることが判明。頭の知覚神経から出たホルモンが腸や精子などに温度の情報を伝えているとみられるが、仕組みの全容は未解明となっている。
 チームは、DNA情報を読み取るRNA(リボ核酸)の分解酵素「ENDU―2(エンドゥ・ツー)」に注目。同酵素がない変異体の線虫と、同酵素を持つ野生の線虫を比べた。すると変異体の方が、25度から2度に移した場合の生存率は高かったものの、寿命が短く、産卵数も少なかった。寒さや温度の落差に極めて強くなる一方、環境の激しい変化で体内バランスが崩れたとみられる。
 変異体の筋肉でENDU―2を働かせると、嗅覚神経でも同酵素が活性化し、多くが2度で死滅。筋肉から嗅覚神経に何らかの物質が分泌され、温度に敏感になったと考えられる。
 また変異体は、神経細胞間で情報を受け渡す「シナプス」という部位が、野生より増加。ENDU―2は細胞数を適切に保つ性質を持つが、同酵素のない変異体はシナプスが多くなり過ぎ、情報伝達が乱れたと推測されるという。
 温度変化への適応に同酵素が影響する可能性が示され、久原教授は「ENDU―2に相当する酵素は人間にも存在する。人間もメカニズムは同じではないか」と指摘。「脳卒中や心臓発作など、気温の急変が引き起こす疾患の治療に役立つかもしれない」と話した。

  (2018年8月22日付朝刊より)


2つの記事には、ともにイラストのようなものが掲載されています。
「グラフィックス」や「凸版」などと呼び、文字だけでは分かりにくい内容を図示します。複雑な科学ニュースを伝えるには欠かせません。

これを手がけるのも担当記者です。
発表資料などに参考となる図が添付されていれば、それを基に作成しますが、ない場合は、一から作ることになります。

頭ではなんとなく理解したつもりでも、それを分かりやすくグラフィックスにするのは容易ではありません。デザイン担当と何度もやりとりしながら、細かい部分を詰めていきます。

簡略化しすぎていないか、矢印の示す箇所を間違っていないか。発表側にも確認しながら作成します。

原稿を執筆する前にまずグラフィックスの下書きを作成し、デスクを通じてデザイン担当に渡します。
デスク席に座って感じることですが、この下書きが分かりやすければ、原稿も要点を押さえたすっきりしたものになっていることが多いです。反対に下書きが難解だったり、訂正箇所が多かったりするときは、原稿も迷走する傾向にあります。

▢ ■ ▢ ■ ▢ ■

発表されるのは各分野での最新の研究内容ばかりですが、ときに軟らかいものもあります。
たまたまそばにいた科学担当が「これなんかどうですか」と勧めてくれました。

食べられた虫 お尻から脱出
カエルの体内刺激、排便促す?
水田に生息 マメガムシ

 神戸大学大学院農学研究科の杉浦真治准教授が4日、カエルに食べられても、尻から無事に脱出する昆虫を発見したと発表した。水田に生息する小型のマメガムシで、生きたまま消化管を通過。「脱出するため、体内から刺激して排便を促している可能性がある」とする。

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 カエル類は歯がなく昆虫などの獲物は丸のみする。杉浦准教授はこれまでの研究で、さまざまな陸生や水生の昆虫をカエル類に与え、逃避、防衛行動を調査してきた。
 その結果、体長5ミリ程度のマメガムシ15匹中14匹(93%)は、トノサマガエルに飲み込まれても、尻(総排出腔(こう))から生きて脱出。同じガムシ科の昆虫でも、別の種類だと13匹の全てが死んで排出されたという。
 他の餌では、飲み込んで尻から排出するまでに平均約50時間を要したという。だが、マメガムシはわずか同1・6時間(0・1~3・5時間)だった。さらに、ニホンアマガエルやヌマガエルなど4種類のカエルからも、ほとんどが生きて脱出した。
 昆虫は捕食されないよう逃避、防衛行動をとるとされる。だが、近年は捕食された後に脱出する行動が見つかっていた。消化管を通過して短時間で積極的に脱出する行動は、これまで知られていなかったという。

  (2020年8月4日付朝刊より)

すぐに人類の役に立つわけではありませんが、「ふーん」「なるほど」と思える記事です。

逃避するのではなく、脱出を試みるマメガムシの行動も不思議ですが、その行動を研究する杉浦准教授にも興味がわきます。
多様な研究があってこその科学の成果ですね。

警察担当や自治体担当ではなかなか機会がありませんが、科学の分野では「世界初」のニュースを神戸から発信することも少なくありません。

糖尿病 筋肉減の仕組み解明 神大など世界初 特定のタンパク質増加 「治療薬開発につながる」

 糖尿病患者の筋肉が落ちるメカニズムを、神戸大学大学院医学研究科の小川渉教授(代謝糖尿病学)らの研究チームが世界で初めて明らかにした。高血糖の状態が特定のタンパク質に作用し、筋肉量を減少させることを確認。加齢により全身の筋力が弱まる「サルコペニア」などの治療薬の開発につながる可能性もあるという。論文は21日、米科学誌電子版に掲載された。
 糖尿病では、高齢になるにつれ筋肉が減少しやすいことが知られている。従来は、筋細胞の増殖作用もあるインスリンが十分に働かないためという仮説が有力だったが、今回の研究で覆された。

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 小川教授らは、重度の糖尿病で筋肉が減少したマウスと、正常なマウスを比較。健康な状態ではほとんど見られない「KLF15」というタンパク質が、筋肉中で4倍以上に増えていることを突き止めた。KLF15を取り除いたマウスは、糖尿病になっても筋肉量は減らなかった。
 さらにKLF15は、「WWP1」というタンパク質(酵素)の作用で別のタンパク質「ユビキチン」と結合し、分解されることを発見。血糖値が上昇するとWWP1が減少し、KLF15が蓄積されることで、筋肉を減少させることを突き止めた。WWP1とKLF15は、糖尿病以外の筋肉減少にも関係している可能性が高いという。
 サルコペニアになると感染症や循環器疾患、認知症などさまざまな病気にかかりやすくなり、介護・医療現場で対策が課題になっている。長期入院や骨折によるギプス固定などでも筋肉は減少するといい、小川教授は「WWP1やKLF15に直接作用する薬が開発できれば、画期的な効果が得られるのでは」としている。
〈糖尿病〉
 膵臓(すいぞう)で作られるインスリンが十分に働かず、血液中のブドウ糖(血糖)が増える病気。慢性化すると心臓病や失明、腎不全などの合併症を引き起こす。2016年度の国民健康・栄養調査によると、国内の患者数は約1千万人。糖尿病の可能性を否定できない「予備群」も約1千万人いるとみられる。

  (2019年9月22日付朝刊より)

患者やその家族にとっては、待ち遠しい成果でしょう。
1面のニュースとして大きく扱われました。

▢ ■ ▢ ■ ▢ ■

さて、科学記事をまとめた今回の投稿で、ささやかな実験を試みています。

科学関連の記事はしっかりと読まれるのではないか―。

そんな仮説に基づき、noteの分析機能を使って「読了率」を調べてみたいと思います。

実は、以前の投稿で科学を扱った話題は時間をかけて読まれるという傾向が見えています。

理由は分かりませんが、今回の投稿でも数行で離脱することなく、しっかりと読まれているという結果がえられるのではないかと期待しています。

理科教諭が身近な出来事を解説する連載「理科の散歩道」を扱った投稿はこちら

<播州人3号>
入社25年目のデスク。科学記事以外の凸版類も原案は記者が作ります。プロ並みの下絵が描ける若手もいれば、人物が円と線だけのベテランも。自身を振り返れば「ここをガーンと」とか「もうちょっとシュっと」とか、絵心だけでなく、説明力の乏しさでデザイン担当を困らせていました。

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