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新進気鋭の作家、塩田武士さん 新聞記者時代の記事3選

「罪の声」や「騙(だま)し絵の牙」などヒット作を連発する新進気鋭の作家、塩田武士さん

ご存じの方も多いと思いますが、塩田さんは2002年4月に神戸新聞社に入り、記者として約10年間活躍した後、独立して現在の地位を築きました。記者としての経験が創作に役立っているのは確かなようで、当時の体験が下地になっていると思われるエピソードが作品の端々に登場します。

では、塩田さん自身は、いったいどんな記事を書いてきたのか。
今回は私、シャープが、神戸新聞のデータベースに残る署名記事から3本を選んでみました。


① 初登場は「リサイクルかばん」の話題

塩田さんの署名入り記事が神戸新聞に初めて載ったのは、入社から2カ月ほどがたった時期の朝刊阪神版でした。
尼崎の警察担当だった塩田さんが、忙しい事件・事故取材の合間に書いた、リサイクルかばんの記事です。

 雨の日も楽しくお買い物―。尼崎市立金楽寺小学校五年の女児(10)=同市昭和通二=が、廃物の傘を利用した「リサイクルかばん」を考案した。地球にやさしく、ぬれても大丈夫、そしてデザインはカラフルという“一石三鳥”の発明品は、「第四回ひょうごエコグッズ大賞」のこども部門優秀賞に輝いた。五日、神戸市中央区の県公館で表彰される。

 金楽寺小の四年生は昨年、「地球にやさしく・ごみゼロ大作戦」を総合学習のテーマに据え、エコグッズ製作に取り組んだ。女児が考え出したのは、「雨にぬれても使えるかばん」。
 骨組みを外した傘のビニール部分を三角に折り畳み、先端部分をリボンでくくった。
 花柄模様の服を切り取って張り付けてポケットをつくり、デザインにアクセントを付けることで、廃物がファッショナブルなかばんに“変身”した。

 エコグッズ大賞は「ひょうご環境創造協会」の主催。環境にやさしく、暮らしに役立つ作品やアイデアを募り、昨年十二月から今年二月までに、全国から過去最高の一般部門七十二、こども部門五百十七作品の応募があった。鳴瀬さんは、牛乳パックを利用し、冷蔵庫が汚れない「調味料立て」で同部門佳作も受賞した。
 積極的に分別収集に取り組むなど環境問題にこだわる女児。「工夫次第でごみも再利用できる」ことを身をもって学び、「これからもお母さんが捨てるものに目を光らせる」と次のアイデアを練っている。


② 噂の代表作、お笑いコンクールに出演


ここで暴露します。

2006年入社の私、シャープは、2002年入社の塩田さんと在籍年数こそ5年ほど重なっていますが、面識は全くなく、会ったこともしゃべったことも一度もありません(たぶん)。

ただ、塩田さんと同期入社の先輩から、数々の噂は聞いています。
その際、塩田さんの「代表作」として必ずといっていいほど出てくるのが、2005年のお笑いコンクールの記事でした。入社3年目の塩田さんが、コンクールを取材するのではなく、ピン芸人として自ら出場した体験ルポです。

お気に入りの変装で、お笑いコンクールに挑戦した塩田武士記者

 一九八〇年代初頭に訪れた空前のお笑いブームから二十年以上。再び笑いの大波が押し寄せている。漫才師や一人で芸を披露する「ピン」と呼ばれる若手芸人が、次々と現れてはマスコミから脚光を浴びる。時事を伝える新聞記者として、この波に乗り遅れてはならないと、二十二日に尼崎市内で開かれた「新人お笑い尼崎大賞」に出場した。

▼1カ月前
 「ピン芸人」人気に便乗して、一人で出場することにした。だが、いいネタが思い浮かばない。焦りばかりが募る。
 気分転換にテレビアニメ「サザエさん」を見た。主人公が不思議な髪形をしていることに気付いた。まじめな裁判官が判決を読み上げるような形式で、「サザエさん」の髪形について話せば面白いかもしれない…。ノートにペンを走らせた。
 本番までの一カ月間、完成した原稿を持ち歩き、仕事の合間を縫って練習を続けた。そして、何とか三分間のネタを仕上げることができた。

▼当日
 今年は昨年の倍以上の二百組が出場。当日の会場は、養成学校を卒業してすでにプロの舞台に立つ若手芸人の姿も目立った。自然と芸人仲間の輪ができる。
 スーツに身を包み、顔見知りを見つけると「おはようございます」とあいさつを交わす。彼らに助言するなぞの大人もいて、完全に雰囲気にのまれてしまった。
 ひとつも笑いをとれずに帰っていく出場者を見るたびに、逃げ出したくなった。順番が近づき、いよいよ舞台のそでに立つ。緊張で前のコンビの漫才を正視できず、聞こえそうなくらい鼓動が波打った。
 ついに自分の名前が呼ばれた。
 用意してもらったいすに腰をかけ、机に手を置く。裁判官になりきって“判決”を読み上げる。笑い声が聞こえない。自分自身が裁かれている心境になった。
 それでもめげずに声を張り続けた。三十秒ほどすると笑い声が聞こえ始め、少しずつ反応が大きくなっていった。後半は計算外のところでも笑いをとれた。
 余裕が出てきて客席を見渡すと、みんな笑っていた。後ろの方では手までたたいてくれている。「超気持ちいい」。

▼2日後
 二日後、本選進出者が発表された。自分の名前はなかった。残念だったが、客席の笑い声は鮮明に覚えている。
 「舞台に立つのは怖いけど、笑い声の快感にはかなわへん」
 以前取材した若手芸人の言葉を思い出した。笑いに情熱をかける若者たちを、これからも応援したくなった。

(2005年1月28日付朝刊より)


記者時代の塩田武士さんが執筆した名物企画「笑いの新星 天下とります」は
こちらでお読みいただけます(一部有料)


③ 最後の記事は「まなびー」、ところが……。


初めての署名記事、代表作とくれば、やはり最後の署名記事を紹介しないわけにはいきません。

退社直前、文化部に所属していた塩田さんは、教育面「まなびー」で、子どもたちの体験談を、テーマごとにまとめるコーナーを担当していました。ペンネームで寄せられたかわいらしい投稿の数々に、お笑い好きの本領を発揮して、優しくも冷静に突っ込みを入れています。

塩田さんが担当した最後の紙面は2012年2月12日付で、子どもたちの「わが人生最大の失敗!!」がテーマです。

 人生、一寸先は闇という。何気ない日常の中にある落とし穴。その穴の奥からは、中学生たちの悲鳴が聞こえる。「給食のニボシをポケットに入れて持って帰った」「チョコレートと虫をまちがえて食べた」「ボールをけろうとしてブロックをけった」―。人ごとだと思っていたら、みんなにも…。心して読んでね。「わが人生最大の失敗!!」

▼過ちの後こそ大切なのだ おせっかいな仲間に聞いてもらお
 「失敗は成功のもと」というが、過ちの後こそ大切なのだ。はたして、みんなはどんなフォローをしたのだろうか。
 飲食店のアンケートで、全然ちがう連絡先を書いてプレゼントが当たってしまった角刈りboyは「捨て身で店員さんに事情を説明したら、その店のポイントシールをもらえた」。初めからちゃんと書けばいいね。
 洗顔フォームと歯みがき粉をまちがえたまいまいは「がんばって流した」。そら、そうだろう。ボールをけろうとしたらブロックをけって骨折したミンチョルは「病院へ行った」。正解。チョコだと思って虫を食べたムーは「人間の食べるものではないと学んだ」。当たり前だ。
 球場で友人とまちがえて別人に声をかけた大魔王のせがれは「そのまま視線を外してさけび続けた」。無理だと思う。祝日だと気付かずに登校し、先生に出くわしたソラくんは「制服にもかかわらず『友だちと遊ぶ約束をしている』とごまかした」。いや、無理だね。お金が落ちていると思ったらただのごみだった踊り魔は「くつひもを結ぶふりをしてごまかした」。まず、ばれてるね。
 難関の就職試験を応援するアクセスアカデミー(大阪市)代表の男性(47)は「失敗したときには、おせっかいな仲間が一番。話を聞いてもらえるだけで前向きになれるよ」と助言してくれた。

(2012年2月12日付朝刊より)


いかがだったでしょうか。

塩田さんの端的な指摘もおもしろいですが、「角刈りboy」や「大魔王のせがれ」、「踊り魔」など、中学生のペンネームセンスもなかなかのものがあります。
最後に登場するアクセスアカデミーの男性のコメントも、子どもたちのほほ笑ましいエピソードを、温かく包み込むようなまなざしが感じられていいですよね。

この署名記事を最後に、2012年2月いっぱいで神戸新聞を辞めた塩田さんでしたが、なんと、直後に再び、この「まなびー」のコーナーに登場しているのです。

いったいどういうことなのか。

取りあえず、「笑うしかない!」がテーマの2012年3月4日付朝刊をご覧ください。

▼笑ったり笑われたり 明日はいいことあるさ!
 人を笑ってばかりいたら失礼だから、自分が思いっきり笑われた話も聞いたよ。
 まずはうっかり編。「幼稚園のころ、パンツはくのをわすれてた」(☆ミルク☆・女子)は、ありがちだよね。「4さいのとき、大仏とまちがっておばちゃんをおがんだ」(スイッチ・男子)。もしかしてパンチパーマだった?
 「担任の先生にカンチョーした」(DARA・女子)。だめだよ、先生は大切に! 「先生のことを『弱い』と言ってうでずもうをしたら、すぐ負けた」(スイカ・男子)。だって、小学生だもん。
 「ものまねをしてすごくにてた」(タッキー・女子)は何人かいたけど、本人の前だとおこられるかも。
 無意識の行動編。「トイレをがまんしてておなかがめっちゃふくらんでたけど、トイレ行ったあとへこんだ」(あーちゃん・女子)。体に悪いからがまんしないで。「おろしたばかりのくつで犬のふんをふんだ」(J.T・男子)。明日はいいことあるさ!
 最後にごうかい編。「卒業式の練習中、オナラした」(カッパ・男子)。いさぎよいね。「笑わされて鼻からソーセージが出た」(タカ・男子)。どれだけ大きな鼻の穴? 「頭をふりまわしていた」(ふうちゃん・女子)。だっ、だいじょうぶ?!
 笑いにこだわる作家、塩田武士さん(32)は「おこるかわりに笑ってみよう。どんなつらいことがあってもゲラゲラ笑うのだ。君は人気者になるが、病院にもつれていかれるだろう」と話している。

(2012年3月4日付朝刊より)

お分かりいただけたでしょうか。
記事の末尾で、全体を総括するコメンテーターとして登場しているのです。

「笑いにこだわる作家」と名乗っている割には、コメントがだいぶ滑っているように感じますが……、あえて狙ってのことなのでしょう。

とにもかくにも、この記事が、専従作家・塩田武士の〝デビュー〟であることに間違いはありません。
前職で自分が担当していたコーナーで、自身の新たな一歩を刻むという、何ともオシャレなこの展開
塩田さんの発案だったのか、上司の粋な計らいだったのか、今となっては分かりませんが、塩田さん自身は、きっと覚えている……ことでしょう。


記者時代の塩田武士さんが執筆した名物企画「笑いの新星 天下とります」はこちらでお読みいただけます(一部有料)


<シャープ>
2006年入社。「笑いにこだわる」とまではいかないが、そこそこのお笑い好き。東京で暮らしていた前職時代は、中野などの小劇場に月1~2回ほど通っていた。中学校の同級生に「火災報知器」、高校の同級生に「レム色」(解散)というお笑い芸人がいる。2組とも、一世を風靡(ふうび)したNHK「爆笑オンエアバトル」にぼちぼち出演していたが、周囲で知っている人は誰もいない。

#塩田武士 #罪の声 #騙し絵の牙